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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第五部 幕間

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第一章:冬の司令部、二人の密議

キケロの軍団を救出した後、カエサルは、自らが冬営するサマロブリウァの司令部に、各拠点から緊急の伝令を飛ばした。


その報せを受け、副司令官であるラビエヌスが、僅かな供回りのみを連れて、凍てつくガリアの道を駆けつけ、カエサルの元を訪れたのは、数日後のことだった。


天幕の中には、二人だけ。外の喧騒が嘘のように、天幕の中は、地図の上に置かれた駒が立てる、乾いた音だけが響いていた。


「…ラビエヌス。よく来てくれた」


カエサルは、憔悴しきったラビエヌスを労った。


「お前の冬営地も、決して安泰ではなかったと聞く」


「は。ですが、閣下のご苦労に比べれば」


ラビエヌスは、地図の上に広げられた、絶望的な戦況を一瞥した。


「して、閣下。今後の、お考えは」


「まず、この冬の間に、失った兵力を、倍にして取り戻す」


カエサルは、断言した。


「すでに、アルプスの南には代理の者を送り、私の権限で新兵を募集させている。だが、それだけでは足りん」


彼は、ラビエヌスの目を、まっすぐに見て言った。


「ローマのポンペイウスに、使者を送った。彼が個人で保有する軍団を、一つ、このガリアへ貸し与えるよう、正式にな」


その言葉に、ラビエヌスの眉が、わずかに動いた。


「…彼が、素直に応じるとは思えませんが」


「だろうな」

と、カエサルは面白そうに笑った。


「だからこそ、お前の力が必要だ、ラビエヌス。私は、表向きの使者を送った。お前は、お前のやり方で、ローマにいるお前の息がかかった者たちを動かし、この要請が滞りなく進むよう、裏から手を回してくれ。元老院の連中が、余計な口を挟む前にな」


それは、二人の間に、絶対的な信頼がなければ成り立たない密約だった。


ラビエヌスは、静かに、しかし力強く頷いた。


「御意に。必ずや、閣下のご期待に応えてみせましょう」


カエサルは、満足げに頷くと、話題を変えた。


「春が来たら、即座に報復を開始する。まずは、油断しているであろう狼の民(ネルウィイ族)を叩き、兵士たちの腹を満たす。その後、ガリア全土の部族会議を招集し、反乱分子を炙り出す。そして…」


彼の声の温度が、わずかに下がった。


「アンビオリクスは、地の果てまで追い、必ず殺す。共和国に牙を剥いた代償を、ガリア全土に知らしめるのだ」


一通りの計画を共有し終えた後、カエサル様は、ふと、思い出したように言った。


「ああ、そうだ。もう一つ、人事についてだ。キケロの軍団の、あの計算屋…レビルスを、副将に上げようと思う」


その、あまりに突飛な提案に、さすがのラビエヌス様も、驚きの色を隠せなかった。


「…正気ですか? 筆頭百人隊長から、一足飛びに? 前代未聞ですぞ」


「前例など、俺が作ればいい」


カエサル様は、こともなげに言った。


「あの男の計算は、一個軍団の戦力に匹敵する。いや、それ以上だ。お前も、異論はあるまい」


「…能力については、異論の余地もありません」

と、ラビエヌス様は認めた。


「ですが、閣下。一つ、懸念があるとすれば…あの男には、野心というものが見えません。副将という地位は、時に、兵を駒として使い捨てる、冷酷な野心が必要となる。あの男に、その器があるかどうか」


「その通りだ」


カエサルは、ラビエヌス様の懸念を、あっさりと認めた。


「奴は、自分の能力を、仲間を守るための面倒な道具としか思っていない節がある。出世にも、名誉にも、まるで興味がない」


彼は、楽しそうに続けた。


「だが、ラビエヌス。野心なき才能は、御しやすい。そして、奴の才能は、その欠点を補って余りあるほど規格外だ。それに…」


カエサルは、地図の上に置かれた、一つの駒を指で弾いた。


「あの男は、一度守ると決めた者たちのためならば、悪魔にでもなれる。その『守るべきもの』の範囲が、百人隊から軍団へ、そしてこのガリア全土へと広がった時、奴の野心も、自ずと形を変えるだろう。俺は、その瞬間が見てみたい」


その言葉に、ラビエヌスは、しばし考え込んだ後、やがて、静かに口元を緩めた。


「…なるほど。面白い賭けですな。承知いたしました。その人事、私も賛成です」


二人の密議は、終わった。


ラビエヌスは、再び自らの持ち場である冬営地へと、厳しい冬の道程を戻っていった。


天幕の外では、冷たい風が吹き荒れている。だが、その中では、来たるべき春の、熱い報復戦の計画が、静かに、そして完璧に、練り上げられていた。

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