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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第五部 第一幕:第二次ブリタンニア遠征

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第四章:嵐と、計算屋の戦場

翌日の昼下がり、ブリタンニアの空は、まるで何も知らないかのように、青く澄み渡っていた。


作戦は、俺の計算通りに、完璧に進行した。


デキムスの「死の海峡」作戦は、カッシウェラウヌスが誇るチャリオット部隊に初めて大打撃を与え、兵士たちの間には歓声が爆発する。俺たちは、ついにこの島の霧を晴らすための、確かな一手を打ったのだ。


だが、その勝利の熱狂は、長くは続かなかった。


空が、にわかに暗転した。さっきまでの青空が嘘のように、鉛色の雲が、恐ろしい速さで空を覆い尽くしていく。


「…なんだ、これは」


生暖かい風が、突如として氷のように冷たい暴風へと変わる。大粒の雨が、俺たちの兜を激しく叩き始めた。


嵐だ。


この島特有の、予測不能な、あまりにも暴力的な嵐。


その夜、内陸に進軍していた俺たちの野営地は、吹き荒れる風雨に晒され、混乱した。


天幕は引き裂かれ、焚き火は消え、兵士たちはただ不安な一夜を過ごすしかなかった。


そして、その暴風雨の向こう、海岸の方向から絶望的な報せが届いたのは、夜半を過ぎた頃だった。


クィントゥス・アトリウス様からの伝令が、ずぶ濡れで、顔面蒼白のまま、カエサルの天幕に転がり込んできたのだ。


「ご、ご報告します! 嵐で…嵐で、海岸に停泊していた我が軍の艦隊が…!」


その報告に、司令部天幕は凍りついた。


「…全軍、ただちに海岸へ引き返す!」


カエサルの決断は、迅速だった。


数日後、海岸に戻った俺たちが見たのは、信じがたい光景だった。


かつて八百隻を誇った大艦隊は、見るも無残な姿を晒していた。


砂浜には、完全に砕け散った船の残骸が散らばり、波打ち際には、互いにぶつかり合って大破した船体が、まるで巨大な獣の死骸のように横たわっている。


兵士たちは、言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。


勝利の興奮は完全に消え失せ、代わりに、故郷へは二度と帰れないのではないか、という、底なしの絶望が、軍全体を支配していた。


指揮官たちも、同じだった。


「終わりだ…」


「我々は、ここで朽ち果てるのか…」


そんな諦めの声が、あちこちから聞こえてくる。


俺、レビルスは、その惨状を前に、まず自分の部下たちに指示を飛ばした。


「ボルグ! 竜骨が無事な船を数えろ!」


「セクンドゥス! 使える木材と、使えない木材を大まかでいい、仕分けろ!」


俺は、筆頭百人隊長として、この絶望的な状況を、まず「数字」に置き換えることから始めていた。


やがて、俺の元に概況がまとまってきた。


完全に失われた船、およそ四十隻。残りの船も、そのほとんどが大小の損傷を負っている。だが、絶望的な数字ではなかった。


その日の午後、カエサルは全指揮官を司令部天幕に集めた。

その顔には、さすがに疲労の色が濃く浮かんでいたが、その瞳の光は、まだ失われてはいなかった。


「…何か、策はあるか」


その問いに、誰もが俯く中、俺は前に進み出た。


「閣下。策はあります」


俺は、大まかな被害状況が記された羊皮紙を広げた。


「詳細な調査には時間がかかります。今は緻密な計画よりも、いかに早く船を復旧させるかを優先させるべきです。そのための提案です」


俺は、指揮官たちを見渡し、静かに、しかし力強く言った。


「まず、修復可能な船と、部品取りにしか使えない船を、迅速に選別します。そして、修理可能な船から、さらに損傷の少ないものを選び、そこに全ての資源――人材、資材、時間を集中させる。日々の作業の進捗と、判明した新たな問題点に応じて、計画は毎日、柔軟に修正していく。これは、賭けではありません。この状況で、最も効率的に、最も早く結果を出すための、最善の計算です」


天幕の中が、ざわついた。

「そんな場当たり的なやり方で…」という声が聞こえる。


だが、カエサルは、俺の提案の本質を、瞬時に理解した。


彼は、立ち上がると、天幕の外にいる全兵士に聞こえるように、その声を張り上げた。


「兵士諸君! 聞け!」


絶望に沈んでいた兵士たちが、一斉に顔を上げる。


「我々は、嵐に負けたのではない! 試されているのだ! このブリタンニアの神々が、共和国の兵士の不屈の魂を、今、試しているのだ!」


彼の言葉は、兵士たちの心に、再び火を灯していく。


「我々は、ライン川に十日で橋を架けた! 我々の前には、不可能という言葉はない! レビルス筆頭百人隊長が、その計算で、我らが進むべき道を示してくれた! 我々はこの地で、自らの手で、故郷へ帰る船を、再び作り上げるのだ! 神々に見せつけてやろうではないか! 共和国の工学技術と、我らの意志の力を!」


「「「うおおおおおっ!」」」


地鳴りのような歓声が、ブリタンニアの空に響き渡った。絶望は、希望へ。諦めは、挑戦へと、完全に塗り替えられた。


その日から、海岸は巨大な造船所と化した。


俺の指揮の下、デキムスが海軍の知識で効率的な解体・修復の手順を指導し、キケロがその粘り強さで兵士たちを鼓舞し、そしてボルグがドワーフの工芸技術で、傷ついた船に新たな命を吹き込んでいく。


俺の仕事は、天幕にこもって計算することではなかった。

毎日、現場を歩き、仲間たちと議論を重ね、刻一刻と変わる状況に合わせて、計画を修正し、最適化し続けることだった。


そして、十数日が過ぎた頃。


俺たちの前には、嵐で負った傷跡など微塵も感じさせない、壮麗な艦隊が、再びその姿を現していた。


俺たちは、自らの手で、この絶望的な状況を、覆したのだ。


ガリアへ帰る、確かな道筋が、今、開かれようとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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