第二章:去りゆく若獅子、来たるべき者たち
長い冬が、ようやく終わりを告げようとしていた。
その日、冬営地の中央広場は、別れを惜しみ兵士たちで埋め尽くされていた。
若き獅子、プブリウス・クラッススが、ガリアを去る日だった。
「…世話になったな、計算屋」
出立の直前、クラッススは俺の天幕を訪れた。その顔には、いつものような野心的な輝きはなく、どこか寂しげな色が浮かんでいた。
「父上が、東方のパルティアへ、大遠征を計画していてな。私も、それに同行するのだ。本当は、君を俺の部隊に引き抜いて、共に連れて行きたかったのだが…総司令官に止められてしまったよ。『彼の計算は、来年のブリタンニアでこそ必要になる』とな。どうやら、君はすっかり、あの方のお気に入りらしい」
「…ご武運を、クラッスス様」
俺は、そう言うのが精一杯だった。この若く、才能にあふれた指揮官が、俺の計算能力を純粋に評価し、戦友として扱ってくれたことに、俺は確かに恩義を感じていた。
カエサルをはじめ、多くの指揮官たちが、彼との別れを惜しんだ。クラッススは、その人柄と武勇で、多くの兵士から慕われていたのだ。
彼が馬上の人となり、朝日の中を東へ去っていく姿を、俺たちは、それぞれの思いを胸に、ただ黙って見送っていた。
そして、その数日後。
去りゆく者がいれば、来たる者もいる。
クラッススが去った穴を埋めるかのように、ローマ本国から、二人の新しい副将が着任した。
一人は、クィントゥス・トゥッリウス・キケロ。
年の頃は四十代半ば。有名な文豪である兄とは違い、その顔には苦労が刻まれ、物静かで、どこか影のある男だった。
彼は、猛将でもなければ、野心家でもない。ただ、与えられた任務を黙々とこなす、ベテランの実務家という空気をまとっていた。
そして、もう一人は、クィントゥス・アトリウス。
彼もまた、キケロと同じく四十代の、派手さはないが、その鎧の着こなし一つにも、隙のない堅実さが滲み出ている男だった。
彼の専門は、防衛戦と後方支援。軍の生命線を支える、地味だが最も重要な任務を、黙々とこなしてきたタイプの指揮官らしかった。
若く、華々しい武功を立てたクラッススとは対照的な、いぶし銀のような二人のベテランの着任。
それは、カエサルの軍団が、単なる征服軍から、ガリアを統治する組織へと、その性質を変えつつあることを、誰の目にも明らかにした。
ガリアの戦場に、新しい血が、そして新しい時代が、静かに流れ込もうとしていた。
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