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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第四部 幕間:世代交代と次なる船出

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第一章:二人の王と、共和国の黄昏

ガリアに四度目の冬が訪れた。


ライン川とブリタンニアという、世界の果てを巡った軍団は、ようやく掴んだ休息にその身を委ねていた。

兵士たちの間では、故郷への帰還を夢見る声と、来年こそは平穏な一年になるだろうという、甘い期待が囁かれていた。


その冬営のさなか、カエサルは副司令官のラビエヌスだけを、自らの天幕に呼び寄せた。これから始まる一年を、そしておそらくはガリア全土の運命を決定づける、二人の王だけの密議のためだった。


天幕の中央には、巨大なガリアの地図が広げられている。ランプの揺れる炎が、その上に描かれた森や川、そして無数の部族の名を、静かに照らし出していた。


「…ポンペイウスの連中は、俺がブリタンニアで手間取ったことを、さぞ喜んでいるだろうな」


カエサルは、本国からの密書を燃やしながら、静かに口を開いた。


「奴らは、俺が失敗し、ガリアの泥沼で立ち往生することを望んでいる。共和国の安寧よりも、自らの派閥の権力が大事なのだ。この共和国は、もはや病んでいる。その制度は疲れ切り、広大になりすぎた領土を統治する力を失いつつある」


ラビエヌスは、その言葉を、静かに聞いていた。


「だからこそ、来年だ、ラビエヌス。来年こそ、奴らの度肝を抜く」


カエサルの瞳が、常人には理解できぬ、盤面そのものを覆すほどの強い意志に輝いていた。


「だが、その前に片付けておくべきことがある。クラッススの離脱は痛い。あれほど見事な『槍』を失うのはな」


「ええ。ですが、穴を埋める駒はすでに手配済みでしょう?」


「ああ」


と、カエサルは頷いた。


「ローマから二人、新しい副将を呼んだ。キケロと、クィントゥス・アトリウスだ。キケロは、兄ほどの弁舌も、クラッススほどの軍才もない。だが、あの男には驚異的なまでの『粘り強さ』がある。一度守ると決めた場所は、決して明け渡さん。一方のクィントゥスは、派手さはないが、与えられた任務を黙々とこなす、堅実な男だ。防衛や兵站を任せるには最適だろう」


「なるほど。『槍』を失い、二つの堅実な『盾』を得る、と。来年の遠征を考えれば、それもまた理に適った配置ですな」


カエサルは、地図の上に駒を置くように、その年の壮大な計画を語り始めた。


「まず、俺は主力を率いて、再びブリタンニアへ渡る。前年の失敗は、貴重な教訓となった。あの海を渡るには、我々の船はあまりに脆弱だ。全く新しい思想に基づいた、大規模な艦隊が必要になるだろう。圧倒的な戦力で、来年こそは奴らを完全に屈服させる」


カエサルは次に、ガリア本土を指し示した。


「その間、このガリア本土の守り、そのすべてを、お前に任せる。特に『王家のエルフ氏族』の動きには最大限の警戒が必要だ」


そして最後に、彼の指は北方をなぞった。


「そして北方だ。あそこの残敵掃討は、引き続きサビヌスとコッタに任せる」


ラビエヌスは、地図の上に示された三つの戦線を、その美しいエルフの目で見つめ、静かに口を開いた。


「…お待ちください。北方の人選、本当にそれでよろしいので? サビヌスの猛進は、時に味方すら危険に晒します。新任のトレボニウスの方が、より堅実では?」


「お前の懸念はもっともだ」

と、カエサルは頷いた。


「だが、トレボニウスの統治能力は、我々が不在の間、この中央拠点を盤石に保つためにこそ必要だ。北方は、昨年の戦いで敵の主力は砕けている。サビヌスとコッタの組み合わせは危ういが、昨年の流れもある。コッタの慎重さが、サビヌスの勇み足を抑えることを期待するしかない。おそらくは、大丈夫だろう」


ラビエヌスは、その計算されたリスクを理解し、静かに頷いた。


「…閣下のお考えは理解できます。ブリタンニアでの圧倒的な勝利こそが、『王家のエルフ氏族』の心を折り、北方の小競り合いを無意味なものにする。そのためには、私がここで盤石の守りを固める必要がある」


「その通りだ」


カエサルの声には、絶対的な信頼が宿っていた。


「お前以外に、この大役を任せられる者はいない」


ラビエヌスは、その重責を、一分の揺らぎもなく受け入れた。


「…御意に」


二人の王の密議は、静かに終わった。


だが、その決定は、翌年のガリアとブリタンニア、そしてローマの運命を乗せた、巨大な船出の号砲となるのだった。

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