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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第四部:ガリアの外へ - ライン川とブリタンニア

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第九章:嵐と上陸作戦

数日間の航海の末、俺たちの艦隊はついに、未知なる島の白い崖を視界に捉えた。


ブリタンニア。


ガリアの商人たちが噂していた通りの、不気味なほど白い崖が、まるで巨大な獣の牙のように、海から突き出している。


だが、俺たちを迎えたのは、静寂ではなかった。崖の上には、無数の人影が蠢き、その手にした槍や剣が、鈍い光を放っている。彼らは、俺たちの到着を、完全に予測していたのだ。


「…計算外、か」


俺は、揺れる甲板の上で、忌々しげに呟いた。


その時だった。空が、にわかに暗転した。さっきまで穏やかだった海が、突如として牙を剥き、巨大なうねりが俺たちの船を弄び始める。


嵐だ。


この海域特有の、予測不能な天候の急変。


「帆を畳め! 舵を取れ!」


船乗りたちの怒声が飛び交う。


俺の部隊の兵士たちは、そのほとんどが内陸育ちだ。激しい船酔いで次々と甲板に倒れ込み、その顔は土気色になっていた。

俺自身、腹の底からせり上がってくる吐き気を、奥歯を噛み締めて必死に堪えていた。


嵐と、眼前の敵。二つの脅威に挟まれ、艦隊は混乱に陥った。


「隊長! 崖の上から、何か飛んできます!」


若い旗手ルキウスの絶叫に、俺は顔を上げた。


崖の上から、青白い光を放つ、無数の石つぶてが降り注いでくる。


それは、ただの投石ではない。石の一つ一つに、我々の知らない古代の魔法ルーンが刻まれ、盾に当たると、まるで生き物のように爆ぜて、兵士たちをなぎ倒していく。


さらに、敵は二輪戦車チャリオットと呼ばれる、見たこともない兵器を繰り出してきた。


二頭の馬に引かれた軽快な戦車が、海岸線を疾走し、そこから投槍兵が、一撃離脱の戦法で、こちらの船に的確な攻撃を加えてくる。


その動きは、あまりに速く、あまりに予測不能で、俺たちの陣形戦闘の常識は、全く通用しなかった。


俺は、なす術もなかった。

俺の計算は、この混沌の前では、何の役にも立たない紙屑だった。揺れる甲板の上では、陣形を組むことさえままならない。


(…終わりか)


俺が、そう思った、その時だった。


混乱の極みにある艦隊の中で、ただ一隻、微動だにせず、最も敵に近い場所で指揮を執り続ける船があった。カエサルの旗艦だ。


そして、俺は見た。


カエサルが、安全な船室や後方ではなく、吹き荒れる嵐と、敵の魔法が降り注ぐ、最も危険な船首に、たった一人で立っている姿を。


彼は、声を枯らし、その腕を振り上げ、混乱する各船に、必死に指示を飛ばし続けていた。その兜は風に飛ばされ、その鎧は潮と雨に濡れそぼっている。


彼は、神でも、怪物でもなかった。


俺たちと同じように、この嵐と、敵の脅威に身を晒し、それでもなお、勝利を信じて戦い続ける、ただ一人の「人間」だった。


俺は、初めて、その男の背中に、人間としての、共感にも似た感情を覚えていた。


だが、戦況は絶望的だった。


岸に近づこうにも、水深が深く、重装備の兵士たちは、上陸をためらっていた。敵の攻撃は、その躊躇する俺たちを、格好の的としていた。


誰もが、死を覚悟した、その瞬間。


一人の男が、動いた。


第十軍団の、鷲の軍旗を掲げた旗手だった。彼は、船の縁に立つと、全軍に響き渡る声で、絶叫した。


「兵士諸君! この鷲の旗を、敵の手に渡すつもりか! 俺は、自分の義務を果たす! この鷲を見捨てぬのなら、私に続け!」


そう叫ぶと、彼は、鷲の軍旗を固く抱きしめたまま、ためらうことなく、荒れ狂う海へとその身を投じた。


その、あまりに英雄的な行動が、兵士たちの心に、最後の火を灯した。


「うおおおおおっ!」


「第十軍団に続け!」


「共和国に、栄光あれ!」


兵士たちは、死への恐怖を、共和国の兵士としての誇りで塗りつぶし、次々と海へと飛び込んでいく。

俺も、その濁流の中にいた。


「全員、続け! 斥候は俺がやる! 道を切り拓くぞ!」


俺は、生まれて初めて、計算ではなく、ただ、魂の叫びに従って、剣を抜き、未知なる大地へと、その第一歩を踏み出した。


戦いは、まだ始まったばかりだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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