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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第四部:ガリアの外へ - ライン川とブリタンニア

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第四章:見せしめの殲滅戦

カエサルの号令は、解き放かれた嵐のようだった。


それまで川岸で息を殺していた数万の兵士が、一斉に雄叫びを上げる。その声は、大地を、そしてライン川の流れさえも震わせた。


「渡河せよ! 敵を一人残らず、根絶やしにせよ!」


百人隊長たちの怒声が飛び交い、軍団は巨大な多足の獣となって、ライン川の浅瀬へと殺到した。


俺、レビルスも、自分の「家族」たちと共に、その濁流の先頭にいた。


「ボルグ、先陣を! 盾で水の流れをこじ開けろ!」


「ガレウス、対岸の茂みを警戒しろ! 伏兵がいないか、お前の鼻で見極めろ!」


「ルキウス、旗を高く掲げろ! 我が隊の場所を、全軍に示すのだ!」


俺の声は、自分でも驚くほど冷静だった。

だが、俺の頭の中は、もはや計算などしていなかった。ただ、目の前の現実を、ありのままに受け入れるだけで精一杯だった。


俺たちが対岸にたどり着いた時、そこに広がっていたのは、もはや軍隊と呼べるものではない、混乱の極みにある魔族の野営地だった。


斥候部隊への奇襲から戻ったばかりの彼らは、まさか共和国軍が即座に、そして全軍で川を渡ってくるとは、夢にも思っていなかったのだろう。


武器も持たず、右往左往する者。慌てて女子供を天幕の奥へ隠そうとする者。その全てが、我々の無慈悲な鉄の波に、いとも簡単に飲み込まれていった。


それは、もはや戦闘ではなかった。


一方的な、蹂躙だった。


俺の部隊が、一つの天幕を包囲した。中から、武器を構えた一人の魔族の戦士が、鬼の形相で飛び出してくる。その背後には、怯える女と、幼い子供がいた。


戦士は、家族を守るためだろう、獣のように斧を振り回す。若いルキウスが、その凄まじい気迫に押され、一瞬たじろいだ。


「ぐずぐずするな!」


俺は、ほとんど無意識に叫んでいた。その戦士の次の標的は、指揮官である俺だった。


俺は、腰の剣を引き抜いていた。これまで、飾りでしかなかったはずの剣が、獣のような唸りを上げて向かってくる男の心臓を、呆気なく貫いていた。


男が崩れ落ちる。その背後で、女の絶叫が響いた。彼女は、小さなナイフを握りしめ、憎悪に満ちた目で俺に向かってきた。俺が身構えるより早く、隣にいたボルグの巨大な斧が、その絶叫を無慈悲に断ち切った。


静寂。


残されたのは、血の匂いと、全てを失って泣き叫ぶ子供の声だけだった。


俺の剣から、生暖かい血が滴り落ちている。俺は、初めて、この手で人を殺した。


半日後、川岸には静寂が戻った。


生き残った者は、ほとんどいなかった。数万の「流浪の民」は、文字通り、この大地から消し去られた。彼らが故郷を求めてきたこの場所が、彼ら自身の墓標となったのだ。


俺は、血と肉片が散らばる野営地の中心で、ただ立ち尽くしていた。


俺の足元には、小さな木彫りの人形が転がっていた。


おそらく、あの子供が持っていたものだろう。俺は、それを拾い上げることもできず、ただ、その無垢な瞳に見つめ返されているような気がしていた。


その時、俺のすぐそばを、カエサルが馬に乗って通り過ぎた。


彼は、この地獄のような光景から、一度も目を逸らさなかった。その表情は、満足げではなかった。

むしろ、この世の全ての痛みと悲しみを、その一身に受け入れるかのような、静かで、しかし揺るぎない覚悟に満ちていた。

それは、自らが為すべき大義のため、この惨劇から決して逃げないと誓った男の顔だった。


だが、俺には、その複雑な心情を推し量ることはできない。俺の目に映ったのは、ただ、全てが自分の計算通りに進んだという、神のような、絶対的な確信だけだった。


俺は、その時、はっきりと悟った。


これは、軍事行動などではない。


これは、ガリアの全部族と、ライン川の向こうの全魔族に対する、壮大な「見せしめ」なのだ。


共和国に逆らう者は、女子供に至るまで、容赦なく根絶やしにする。その、血塗られた実物教育。


斥候部隊の小さな犠牲も、そして今ここで流された数万の魔族の民の血も、この巨大な政治的パフォーマンスを演出するための、計算され尽くした布石に過ぎなかった。


俺は、自分の腹の底から、これまで感じたことのない、冷たい恐怖がせり上がってくるのを感じた。


俺がこれまで恐れていたのは、カエサルの「計算能力」だった。だが、今、俺が恐れているのは、その計算の先にある、彼の「意志」そのものだった。


この男は、人の命を、民族の存亡さえも、自らが描く巨大な戦略図を完成させるための、ただの数字としてしか見ていない。


そして、俺も、その男が描く盤の上で、自らの手を血に染める、恐るべき駒の一つなのだ。

その事実に、俺は、今、心の底から戦慄していた。

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