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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第三部 幕間:嵐の前の静寂

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第三章:二人の王と、次なる戦場

深夜、カエサルの天幕では、彼とラビエヌスが二人きりで、ガリアの地図を前に静かに対峙していた 。


ランプの揺れる炎が、平定されたはずの広大な土地と、その上に記された無数の部族の名を、静かに照らし出している。


「ガリアは、静かになった。だが、この静寂は偽りだ」


カエサルは、まるで独り言のように呟いた。その声には、勝利の熱狂ではなく、次なる嵐の到来を正確に計算しているかのような、冷徹な響きがあった。


「ええ」


と、ラビエヌスは静かに応じた。


「恐怖で押さえつけられた憎悪は、より深く、より暗い場所で根を張る。この静けさは、次なる嵐の前の、息苦しいほどの不気味さをはらんでいます」



カエサルは、地図の上でガリアを囲む二つの領域を、その指でなぞった。東の果て、ライン川の向こう。そして、海の彼方にある、未知なる島ブリタンニア 。


「真の脅威は、まだこのガリアの外に残っている 。奴らは、我々がこのガリアの泥沼で消耗し続けることを望んでいる。そして、その状況を最も喜ぶ者が、ローマにいる」


カエサルの視線は、もはやガリアの地図にはなかった。

その瞳は、ローマの元老院という、より深く、より暗い森を見据えていた。


「本当の戦場は、ここではない。ローマにあるのだ 。ポンペイウスの奴めが、元老院の守護者を気取り、俺を『国家の敵』に仕立て上げようと画策している。奴らは、俺がこのガリアで手柄を立てれば立てるほど、その力を恐れ、俺を合法的に引きずり下ろすことしか考えていない」


カエサルの声に、初めて個人的な苛立ちの色が混じる。


「この共和国は、もはや病んでいる。その制度は疲れ切り、広大になりすぎた領土を統治する力を失いつつある。必要なのは、強力な意志による改革だ。だが、元老院の老人どもは、自らの権威にしがみつくだけで、その現実から目を背けている」


ラビエヌスは、その言葉を、静かに聞いていた。彼の心には、共和国への忠誠と、カエサルへの友情、そしてかつての恩人であるポンペイウスへの恩義が、複雑に交錯していた 。


「だからこそ、来年だ、ラビエヌス」


カエサルの瞳が、常人には理解できぬ、盤面そのものを覆すほどの強い意志に輝いていた。


「奴らの度肝を抜く。ガリアの民だけでなく、ローマの元老院、そして世界の果ての蛮族にまで、共和国の、そして俺の力が、彼らの想像を遥かに超えるものであることを、見せつけなければならん」


カエサルは、ラビエヌスに、その壮大で、そして狂気じみた計画の核心を打ち明けた 。


「来年、我々はこのライン川に、橋を架ける。渡り、ゲルマンの地に我らの足跡を刻むのだ。目的は、征服ではない。ただ、『我々はいつでもこの川を越えることができる』という、圧倒的な事実を、奴らの心に永遠に刻み込むためだ」


さらに、彼の指は、地図の西の果て、ブリタンニアを指し示した。


「そして、我々は海を渡る。彼の地に、共和国の鷲の旗を立てるのだ。これもまた、領土のためではない。ローマの力が、世界の果てにさえも及ぶということを、ローマの民衆に直接見せつけるための、壮大な示威行動だ。ポンペイウスが元老院でいくら俺を貶めようと、民衆が熱狂する『偉業』の前では、奴らの言葉など無力となる」


それは、軍事行動というよりは、高度な政治的パフォーマンスの計画だった。 ラビエヌスは、その計画の、常軌を逸した発想と、その裏にある冷徹な計算に、戦慄に近い感嘆を覚えていた。この男は、常に二手、三手先を読んでいる。


「…御意に」


ラビエヌスは、静かに、しかし力強く頷いた。


「ですが、そのためには、このガリアを完全に沈黙させておく必要があります。我々がガリアの外へ出ている間、背後を突かれるわけにはいきません」


「その通りだ」


と、カエサルは頷いた。


「そのための布石は、すでに打ってある。この冬の間に、我々はガリアの隅々にまで睨みを利かせ、いかなる反乱の火種も見逃さぬ。そして、来たるべき遠征に、一点の曇りもなく臨むのだ」


二人の王の密議は、静かに終わった。 だが、その決定は、翌年のガリアとブリタンニア、そしてローマの運命を乗せた、巨大な船出の号砲となるのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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