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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第一部前半:さすらいのエルフ氏族との戦い
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第一部前半 第三章:壁の建設

橋は、燃え落ちた。


夜通しの作業で、俺の部隊は疲労困憊だった。

俺自身、補給官の側近時代には触ったこともないような斧を振るい続けたせいで、両の手の皮はめくれ、体中が悲鳴を上げている。もう何も考えたくない。ただ眠りたかった。


だが、俺たちにそんな休息が与えられることはなかった。

夜明けの薄明かりの中、宿営地に伝令が駆け込んできた。その報せは、軍団全体を揺るがすに十分な、そして俺のなけなしの希望を粉々に打ち砕くのに十分な内容だった。 総司令官、カエサルからの大命令。


「ローヌ川沿いに、全長19マイルの防壁と塹壕を築け。期限は、五日だ」


伝令の言葉を聞いた瞬間、兵士たちの間に絶望的などよめきが広がった。

だが、彼らはプロの兵士だ。ボイコットなど起こさない。

ただ、その顔には「死ねと命じられた」という諦観の色が浮かび、無言でつるはしや斧を手に取り始めた。


「待て!」

俺は、自分でも驚くほど大きな声で叫んでいた。

兵士たちが、怪訝な顔でこちらを振り返る。


「全員、作業にかかる前に俺の天幕に集まれ。副官、古参兵もだ。話がある」


俺はそれだけ言うと、背を向けて自分の天幕に駆け込んだ。

絶望している暇はない。補給官の側近として染みついた俺の思考は、すでにフル回転を始めていた。

(五日…。兵士を壊れるまで酷使すれば、物理的には可能だ。だが、その後に何が残る? 武器を持つ力も残っていない、幽霊のような軍隊か。これは建設命令などではない。壮大な規模で書かれた、手の込んだ自殺勧告だ。だが、もし…もし、やり方を変えれば…)


俺は羊皮紙の上に、狂ったように図面と計算式を書き殴った。

資材の最適な分配ルート、各人の疲労度を考慮した効率的な人員交代のスケジュール、一振りごとの無駄をなくすための作業手順…。

これは、ただの工程表ではない。兵士たちの「余力」をいかに残すか、という一点に絞った生存戦略だった。


集まった兵士たちの前に、俺はその羊皮紙を広げた。

「この命令は狂っている。だが、総司令官の命令だ。やるしかない。だが、馬鹿正直にやれば、俺たちは壁ができた瞬間に全滅する。だから、やり方を変える」


俺は、自分が描いた図面の一つを指差した。


「いいか、塹壕を掘る時は、ただ掘るな。掘り出した土を、こっちの斜面にこの角度で積み上げろ。そうすれば、土を運ぶ手間が一度で済む。杭を打つ班は、こちらの組が切り出した規格通りの木材だけを使え。無駄な加工は一切するな。三交代制で、休憩中の班は必ず武具の手入れと仮眠を徹底させろ。いいな?」


兵士たちは、呆気に取られていた。俺が、戦闘ではなく、まるで巨大な倉庫の在庫管理でもするかのように、作業の効率化について熱弁しているからだ。 俺はつるはしを手に取ると、実際に地面に線を引いてみせた。

「まず俺が手本を見せる。このやり方なら、今までの七割の力で、同じ量の仕事ができるはずだ」


俺の隣で、ボルグが腕を組み、難しい顔で俺の計画書と手本を交互に見ていた。やがて、彼は重々しく口を開いた。

「…なるほど。無駄がない。理に適っている」


その一言が、合図だった。 ボルグは巨大な斧を手に取ると、

「お前たち、聞いたな! 隊長の言う通りにやれ! ぼさっとするな!」

と、その腹の底から響く声で怒鳴った。ドワーフの副官が認めた計画。それが、兵士たちの疑念を吹き飛ばした。


五日目の夕暮れ、俺たちの区画の壁は、命令通りに完成していた。

だが、奇跡はそれだけではなかった。俺の部隊の兵士たちは、疲労困憊ではあったが、壊れてはいなかった。彼らは武器の手入れをし、少ない配給食を分け合い、冗談を言う気力さえ残していた。


隣の区画に目をやると、そこには力仕事の代償が広がっていた。彼らも壁を完成させてはいたが、兵士たちの多くは地面に倒れ込み、その目は虚ろだった。武器を握る力も残ってはいないだろう。

もちろん、中にはマルクス筆頭隊長が率いる第十大隊のように、まだ闘志の光を失っていない精強な部隊も散見されたが、大半は…戦いが始まる前に、戦争に負けていた。


俺の部隊は、まだ戦える。 俺は、自分の泥まみれの手のひらを見つめた。剣を振るう才能はない。だが、この地獄のような場所でも、俺にしかできない戦い方が、確かにある。そう、初めて思えた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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