幕間:長い冬 第四章:計算屋の家族と、新たな任務
長い冬が始まった。
俺は、自分の百人隊の練度を上げるため、これまでの戦いの経験を元に、独自の訓練計画を作成し、実行に移した。
それは、ただ剣を振るうだけの訓練ではない。俺の計算と、仲間たちの能力を、完璧に融合させるための、精密な機械を作り上げるような作業だった。
俺が複雑な陣形転換の図面を広げれば、ボルグが
「猪は右、狼は左だ!」
という、兵士にも分かる単純な言葉に置き換えて怒鳴る。
古参兵のセクンドゥスは、俺の計画の意図を正確に理解し、
「いいか、新兵ども。隊長の計算じゃ、ここで盾の角度を一度間違えれば、お前らの首が飛ぶことになってるぞ」
と、彼らしい皮肉で新兵のルキウスたちを指導する。
獣人のガレウスとエルフのシルウァヌスは、模擬戦でコンビを組み、その獣の本能とエルフの超感覚を組み合わせた、誰にも予測できない連携で、他の部隊を翻弄した。
俺の百人隊は、もはやただの寄せ集めではなかった。
俺の「頭脳」を、ボルグの「魂」が支え、セクンドゥスの「経験」が補い、ガレウスの「牙」とシルウァヌスの「眼」が、その手足となって動く。一つの、完璧な戦闘ユニットへと変貌しつつあった。
俺は、この厄介で、しかしどこか頼もしい家族を率いることに、面倒くささと同時に、これまでに感じたことのない充実感を覚え始めている自分に気づき、心の中で小さく悪態をついた。
そんなある日、俺の天幕に、予期せぬ男が訪れた。 青年将校、クラッススだった。
「君が、レビルス百人隊長か」
彼は、俺がまとめた膨大な訓練報告書と、部隊の損耗率に関する計算書を手に、興味深そうに俺を見ていた。
「面白い報告書だ。他の部隊のものが、ただの感想文にしか見えなくなるほど、君の報告書は数字と論理で満ちている」
「…恐縮です」
面倒事の匂いしかしない。俺は、できるだけ当たり障りのない返事を心がけた。
「私は、この冬の間、春からの南西部遠征に向けた準備を任されている」
クラッススは、単刀直入に本題を切り出した。
「そして、その遠征に、君の部隊を借り受けたい。いや、私の第七軍団に、正式に編入させてもらう」
「な…なぜ、我々が?」
「なぜ、だと?」
クラッススは、心底おかしそうに笑った。
「決まっているだろう。君の部隊の、この異常なまでの生存率。
そして、それを実現させている、君のその計算能力。アキテーヌは、我々が一度も足を踏み入れたことのない未知の土地だ。
そこで最も必要とされるのは、猪のような猛進ではなく、狐のような計算高さだ。私は、君のその特異な才能に、私の遠征の成否を賭けたいのだ」
俺は、何も言い返せなかった。
カエサルだけでなく、今度はこの若き野心家にまで、俺の能力は見抜かれてしまったらしい。 平穏に任期を終えて、後方勤務に戻る。 その、俺の唯一の目標が、また一歩、遠のいた。
俺は、これから始まる、新たな面倒事に、心底うんざりしながら、ただ、深々と頭を下げることしかできなかった。
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