幕間:長い冬 第三章:冬の配置と、狼たちの評定
カエサルがガリア・キサルピナへ出発する前夜、軍団の司令部天幕に、各軍団を率いる指揮官たちが召集された。
表向きは冬営の配置を決定するための会議だが、その実、これは共和国の未来を左右する、狼たちの評定だった。
巨大な天幕の中央には、ガリア全土を示す巨大な地図が広げられている。
その地図を囲むように、歴戦の指揮官たちが顔を揃えていた。
この二年間の激戦を生き延びた、猛者たちだ。天幕の中は、男たちの熱気と、革と鉄の匂い、そして張り詰めた緊張感に満ちていた。
会議の口火を切ったのは、猛将として知られるサビヌスだった。
彼は自信に満ちた声で、高らかに言った。
「閣下。ベルガエ人は砕け、ガリアの背骨は完全に折れました。熊の民は全滅し、狐の民も我らの前にひれ伏した。もはや、このガリアに我らに逆らう者などおりますまい。残る抵抗勢力も、時間の問題でしょう」
その楽観論に、隣に座る慎重派のコッタが、静かに、しかし鋭く釘を刺した。
「サビヌス殿、油断は禁物だ。熊の民との戦いで、我々の損害も決して少なくはない。
それに、ガリアの民は、我々が思うより遥かに粘り強く、そして狡猾だ。偽りの降伏の裏で、何を企んでいるか分かったものではない」
「コッタ殿の言う通りです」
次に発言したのは、若き青年将校デキムスだった。
彼は、他の指揮官とは違う、海の向こうを見据えていた。
「陸の脅威は、ひとまず去ったかもしれません。
しかし、大西洋岸の**『鉄鎖海岸のドワーフ』**どもが、我らの知らぬ船を建造しているとの報告が上がっています。
彼らは陸の民とは違う。我々の力が及ばぬ海の向こうで、何を企んでいるか…」
すると、これまで黙って腕を組んでいた青年将校クラッススが、目を輝かせながらカエサルに問いかけた。
「閣下! 次なる戦いは、いつ、どこで始まりましょうか? 私が率いる第七軍団は、この冬の間にも鋭気を養い、春にはいかなる敵とも戦う準備ができておりますぞ!」
その若さゆえの野心に、天幕の中がわずかに和んだ、その時だった。
「ふん、陸の蛮族も海の蛮族も同じこと! このクラウディウスが睨みを利かせておけば、いかなる反乱の企ても未然に防いでご覧にいれましょうぞ!」
俺の元上官であったクラウディウス高級将校が、空気を読まずに会話に割り込んできた。
彼は、自分がこの戦役でいかに「重要な役割」を果たしたかを、身振り手振りを交えて語り始めた。天幕の中が、一瞬にして白けた沈黙に包まれる。
カエサルは、その全ての意見を、そしてクラウディウスの自慢話さえも、表情一つ変えずに聞き終えた。
やがて、彼は地図の上に駒を置くように、静かに、しかし絶対的な権威をもって、各軍団の冬営地と任務を告げ始めた。
「ガルバ」
カエサルは、これまで一言も発さず、ただ黙って地図を見つめていた壮年の将軍の名を呼んだ。
「貴官には第十二軍団を預ける。天険アルプスに赴き、**『天険の獣人氏族』**を抑え、通商路を確保せよ。最も過酷な任務になるだろう」
「御意に」
ガルバは、ただ短く、そう答えて頷いた。その顔に、感情はなかった。
「クラッスス。
貴官には第七軍団をこの冬、この拠点で、春からの南西部遠征に向けた万全の準備を整えよ。かの地には、**『山砦のドワーフ諸氏族』**が割拠している。一筋縄ではいかぬ相手だ」
「はっ! お任せを!」
クラッススは、新たな挑戦を与えられたことに、喜びを隠せない様子だった。
「サビヌス、そしてコッタ。
貴官らには、それぞれ軍団を率いて、北方方面の治安維持を命じる。互いに連携を密にし、いかなる反乱の火種も見逃すな」
カエサルは、あえて気性の違う二人を組ませることで、互いを補わせようとしたのだ。サビヌスは不満げな顔をしたが、命令に逆らうことはなかった。
「デキムス。
貴官はロワール川の河口に布陣し、艦隊の建造を急がせよ。**『鉄鎖海岸のドワーフ』**への備えは、我々の喫緊の課題だ」
カエサルが、全ての配置を終えた後、副司令官のラビエヌスが、最後にクラウディウスに向き直った。
「クラウディウス殿。貴官には、その武勇にふさわしい、重要な任務があります」
ラビエヌスは、その美しいエルフの顔に一切の感情を浮かべることなく、続けた。
「この中央拠点の、食料貯蔵庫の管理です。ネズミ一匹たりとも、侵入を許さぬよう、その鋭い目で監視していただきたい」
その、あまりに丁寧で、しかしあまりに侮辱的な命令に、クラウディウスは顔を真っ赤にして引き下がった。
ラビエヌスは、冬の間の総司令官代理として、その絶対的な権威を、この場にいる全ての者に、静かに、しかし完璧に示したのだ。
狼たちの評定は、終わった。 指揮官たちは、それぞれの持ち場へと散っていく。
天幕に残されたガリアの地図の上には、次なる戦争の火種が、まるで冬の星座のように、静かに、そして不気味に点在していた。
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