第一部後半 第七章:二つの戦場と、勝利の楔
俺たちの小さな部隊が、敵の後方に到達した時、そこは信じられないほど無防備だった。
数人の見張りがいるだけで、大半の魔族は、前線の戦況を、まるで娯楽でも見るかのように眺めている。
「ボルグ。合図と共に、荷馬車を燃やせ。食料も、水樽も、すべてだ。抵抗する者は殺せ。だが、深追いはするな。目的は、混乱を起こすことだけだ」
俺の合図で、ボルグと彼の率いるドワーフの数人が、獣のような雄叫びを上げて、補給部隊に襲いかかった。
たいまつの火が、次々と荷馬車に投げ込まれ、乾いた木材が爆ぜる音と共に、黒い煙が天高く立ち上る。
その煙は、主戦場からもはっきりと見えたはずだ。
その頃、共和国軍の左翼は、まさに崩壊の寸前にあった。
だが、後方から上がった火の手と、それに伴う混乱が、ついに魔族の前線部隊にも伝わった。
「背後で何が起きたんだ?」
「補給部隊が襲われているぞ!」
という動揺が、津波の勢いを、ほんのわずかに、しかし確実に鈍らせた。
この千載一遇の好機を見逃さなかった男がいた。
青年将校クラッスス。
彼は、この戦いのために温存されていた第三戦列を率いていた。
それは、戦闘の序盤から投入される第一線、第二線の部隊とは違う。
疲労を知らない、共和国の切り札とも言うべき、特殊な訓練を受けた部隊だ。
俺には、遠く離れた丘の上から、彼の決断が独断だったのか、それともカエサルからの命令だったのかは分からない。
だが、俺が見たのは、完璧なタイミングで動いた、一つの事実だけだった。
「全隊、詠唱開始! **『白銀の突撃』**を発動せよ!」
クラッススの号令一下、それまで戦場の後方で静かに待機していた数千の兵士たちが、一斉に呪文を唱え始めた。
すると、彼らの全身が、まばゆい白銀の魔力光に包まれた。
それは、個人の力を高める魔法ではない。部隊全体を、一つの巨大な槍へと変える、集団強化魔法だ。
「目標、敵左翼! 突撃!」
白銀の光をまとった数千の兵士が、まるで一つの巨大な銀色の彗星のように、前線へと殺到した。
彼らの速度は、常の倍以上。その突破力は、魔族の屈強な肉体さえも紙屑のように弾き飛ばしていく。
俺は、遠く離れた丘の上から、その光景を見ていた。
俺たちが起こした、小さな火種。
それを、クラッススという男が、共和国軍全体を勝利に導く大火へと変えてくれたのだ。
戦いは、その日の夕暮れに終わった。
共和国軍の、辛勝だった。
俺は、煙の匂いが染みついた服のまま、自分の天幕に戻った。
ボルグが、傷の手当てをしながら、俺に言った。
「…あんたの計算通り、だったな」
「いや」
俺は、首を振った。
「俺の計算だけでは、勝てなかった。俺たちだけでは、何もできなかったさ」
俺は、これから始まる、さらに面倒な戦後処理と、次なる戦いのことを考え、心底うんざりしながら、深い溜息をついた。
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