2話 陰影
2話 陰影
960年2月12日
早朝、急を告げる窓を叩く音でようやく夢から覚めることができた。
ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井が見え、私はすぐに窓の方へ顔を向けた。
窓にはジャックとアデルが嘴で窓を軽く叩いていた。
私は体を起こして、窓を開けて彼らを迎え入れた。
「マルキオン、今すぐ市場に行かなければならないようだ」
「何があったの?」
「私たちは知らないよ~」
「公文書が下りたみたいだけど、私たちは文字が読めないから」
「少し待って、エルノールが見に行ったみたいだよ」
アデルとジャックは数十年間、私のそばを守り続けてくれた。私にとってもう一人の親のような存在だった。
今は少し年老いて、近場を飛び回りながら私を見守ってくれる存在になっていた。
私は頷きながら異端審問官の服装に着替えていたところ、
ちょうどドアをノックする音が聞こえてきた。
エルノールが到着したようだった。
「マルキオン!ドアを開けてくれ!」
「急いで!」
「アデルとジャックから少しは聞いたよ」
「どんな公文書なの?」
ドアを開けると、エルノールは私の顔に公文書を突きつけながら部屋に入ってきた。
「自分の目で直接見てみろ!」
「これで計画に支障が出るんじゃないか??」
「海から侵攻してくる悪魔たちの発祥地をようやく発見した…新大陸の発見…」
「アストレル国家が選抜したマゼラン探検隊の生存者…」
「教皇庁はできるだけ早く人類を救う英雄を輩出する…」
私は声を上げて公文書を読み上げ、エルノールは焦ったように私を見上げた。
公文の内容は、これまで準備してきた計画が水泡に帰すほどではなかったが、
確実に急いで行動すべき時が来たという直感がよぎった。
最後の文言…英雄を輩出する、それは間違いなくルークの役割だ。
「どう思う?」
「どんな感じ?」
「大問題じゃない?」
「まだ問題は起きていない」
エルノールは心配そうな表情を浮かべており、
私の答えに彼女の暗い金髪が揺れた。
「それだけ?」
「大問題じゃないか!!」
「ドルフスから殺すのか?それとも今さら仲間を探すのか?」
「ドルフスから殺さなきゃ。今が一番幸せそうだったから」
「今日を待っていたし」
エルノールがそう心配し、懸念する理由は明確に存在していた。
私たちは今、私の両親を殺したドルフスを処理するためにカルセルに来ており、
ルークと対抗できる人物が必要だった。
今、私を助けてくれるのはエルノールと数匹の動物の仲間だけだったし、
ルークが英雄になれば、どれだけ強くなるかは計り知れない。
「ドルフスから?」
「まあ…そうだな、ここまで来たんだから、あの奴から片付けよう」
「すぐに行こう」
ドルフスを殺すことは失敗しても構わない。
しかしルークには、中途半端に牙をむけば次の機会はない。
私とエルノールは宿屋の部屋を出始めたが、心配はなかった。
街には先ほどの公文のせいで少しの騒ぎが聞こえ、人々が次々と広場に集まるような動きだった。
「ねぇ、私には何かできることないの?」
「お前が戦っている間、私はやることはないだろ…」
「エルノールもやるべきことがある」
「馬車の中に隠れてアデルとジャックを手伝ってくれ」
宿屋の外に出て、私たちは馬車に乗り込み、躊躇なく出発した。
空の上ではアデルとジャックが飛んで追いかけてきており、
私は馬車を引いて周囲を見回した。
ドルフスはカルセールの騎士団団長として長年務め、今日は彼の引退式だ。
「そろそろ始まるみたいだ」
「ふう…」
「私は緊張してる、マルキオン..」
「お前は緊張してないのか?」
馬車を引いて私たちは広場を通り過ぎ、ドルフスの退職式を遠くから眺めた。
壇上に上がる彼の顔には笑みが溢れ、人々はドルフスを見上げながら敬意と歓声の叫びを送っていた。
今後の余生を快適に過ごし、和やかに生きていくドルフスを想像すると、吐き気がした。
城壁の外へ馬車の進行方向を変え、彼の引退式が終わるのを待たなければならなかった。
「準備はできた?」
「ドルフスが雇った傭兵団はめちゃくちゃ強いらしいけど…」
「調査は全部済ませた」
「名前はサミル、私と同じように覚醒した人間らしい」
城外の田舎の村へ向かう平原で馬車を止め、口を覆いながら空を飛ぶアデルとジャックに待機信号を送った。
少し時間が経つと、遠くから一台の馬車が姿を現し始め、
馬車周辺には彼を護衛する傭兵たちが馬に乗って警戒しながら近づいてきた。
エルノールは馬車の中で隠れて待っていた。
「お前、何者だ!?」
「道を開けろ!?」
「お…服が…異端審問官様…?」
「なぜ、何があったんだ?」
「馬車、なぜ止まった?」
傭兵団の先頭にいた一人の傭兵が、私を見て驚いた様子だった。
皮肉なことに、教皇庁は私が最も嫌悪する団体だが、私は今、その団体の下で異端審問官の生活を送っている。
ドルフスは馬車が止まったことに不満を漏らしたように頭を出し、
私と目が合うと表情が固まった。
その表情が私に微かな喜びを感じさせた。
「何だよ…異端者を捕まえに来たんだ。」
「ドルフスを渡せ。」
「残りは助けてやる。」
「この…!異端者…?」
「異端者だという証拠!証拠はあるのか…?」
「証拠が…必要なのか?」
「私がそう言ったら、ただ異端者だ。」
私は一歩前に進みながら言った。
彼らは硬直したように体が固まった。傭兵たちは首だけを回し、互いの様子をうかがっていた。
先頭にあった傭兵が私に尋ねた。
証拠…これが私が異端審問官を選んだ理由だった。
比較的弱い能力を補う必要があり、私の意図を隠すことができ、人間に極限の心理的圧迫を与えるのはこの職業だけだった。
「異端審問官があなたを要求しているのか?」
「あの奴まで処理するなら」
「3倍の金を貰わなきゃ」
「処理してくれる?」
「3倍…!?」
「くっ…その…そう、処理してくれ」
「処理すればすぐに金を渡す」
しかし、時々こうはいかない場合もある。
黒髪に少しの巻き毛があり、暗い肌色の女性。聞いた情報通りだ。
私を無視してドルフスに話しかけるその女性はサミル…傭兵団を率いる女性で、覚醒した能力を持っている。
噂では、手に触れた物を爆発させるという驚くべき能力…
「正義を実現するのを妨げてごめんね~」
「金を貰う以上、渡せないんだけど?」
「正義…それが必要なのか?」
「必要なら役割を決める。」
「あなたが正義を決め、私は悪役になる。」
「ハハハ…ああ…」
私の挑発的な言葉に、サミルはぎこちない笑みを浮かべながら真剣な表情になり、
手振りを一つしただけで、傭兵の部下たちが勢いを増して私に突進してきた。
馬の蹄が地面にぶつかるたび、地面が震え始めた。
「殺せ!!!」
「行け!攻撃せよ!!!」
「うっ!?」
「えっ!!??」
「待て!どこへ!?」
私に向かって突進していた傭兵たちは、乗っている馬が望む方向へ動かないため混乱し、次々と私を通り過ぎていった。
私に向かって突進していた兵士たちは、まるで紅海が割れるように割れて広がっていった。
「ちっ..」
「頼りになるものがあったんだな..」
サミールは私が能力を持っていることに気づいたようだった。
しかし、いかなる表情も示すべきではない。
今、彼らが乗っている馬を説得する時間はかかったが、今は私の味方だ。
周囲の馬たちは次第に制御が困難になり、暴れ始め、兵士たちは次々と馬から落ち始めた。
地面を転がる傭兵たちの上を馬たちが走り回り、彼らを踏みつけて通り過ぎていった。
「クアアアック!」
「ウウウッ!」
「今ならチャンスをやる。」
「ドルフスを渡せ。」
サミールは自分が乗っていた馬から降りながら言った。周囲の傭兵たちが馬に踏みつけられ、苦痛に叫ぶ声は耳に入らなかった。
彼女は冷酷な目で私を見つめ、口を開いた。右手を隣の馬に近づけると、轟音と共に血が四方八方に飛び散った。
「できるならやってみろ」
「プン!!!」
瞬く間に馬の頭が吹き飛び、
傭兵たちは地面で骨折した部位を押さえながら、その光景に衝撃を受けた。
彼女と私は同じように表情を歪めた。
サミールはドルフスの安否よりも、勝負欲がより露わな表情をしていた。
周囲のすべての馬は、サミルに向かって今すぐ突進しようとして後脚で地面を掻いていた。
地面にはサミルの部下たちが全員倒れて転がっていた。
「かなり残酷な能力だな」
「褒め言葉として受け取るよ!」
「うわっ!! ちょっと待って… 」
「ポン!!」
サミルは地面に倒れていた兵士を私に投げつけ、
正確に3秒後に空中で兵士が爆発した。
私の前で血と骨が破片のように飛び散り、腕で顔を覆ったが視界が狭まった。
手段を選ばないような姿だった。
後退しながら視界を確保しようとしたが、サミールはその隙を逃さず手を伸ばしてくるのを感じた。
わずか一尺ほどの距離になり、その瞬間、彼女の隣から一頭の馬が彼女を襲った。
「ちっ…」
サミールは言葉によって空中で一瞬浮き上がり、
地面を少し転がった後、姿勢を再び整えることができた。
彼女は起き上がろうとした瞬間、鋭い痛みが走った。
「肋骨が折れたな…」
「操縦してるの? それともただ親しいだけ?」
「おかげでだいぶ親しくなったけどね」
「上」
私が上を指差すと、サミルは頭を上げて空を見上げ、
空にはジャックとアデルが飛んでいた。
サミルは自分が一瞬気を抜いたことに気づき、再び下を向くと、
周囲の馬たちがサミルを囲んでいた。
私はその隙にドルフスが乗っている馬車 towards 向かった。
「パン!!」
「パン!! パン!」
サミルは素早く後ろのポケットから短刀を取り出し、ジョンミョンに向かって投げた。
短刀は空中で爆発し、破片が四方八方に飛び散り、
馬たちはその破片に当たってよろめき、隊列が少しずつ崩れていった。
「人を連れてきても足りないだろう。」
「動物で済むのか?」
サミールは突進する馬を避けながら、馬の間に隠れた私を探しているように見え、部下が倒れている方向へ逃げるように走った。
そして私は馬車の中に入り、ドルフスと対面することができた。
「あの… どうか… 私が何をしたというのか…」
「私は異端者… ではない…」
「絶対に違うんだ…」
「どうせ私を覚えていないのは知っている」
「ただ、悔しいそのまま死ね」
「サミル!!」
私は後ろのポケットから短刀を取り出し、ドルフスは最後の抵抗のようにサミルを必死に探した。
その時、サミルは私が馬車の中にいることに気づいたようだった。
私は一瞬、馬車の窓の向こうに見える彼女を見つめた。
「プヨオ!!」
サミールは自分の後頭部からジャックの泣き声に体が先に反応し、
手を頭上に伸ばした。
「ポン!」
「パサササック..」
「クッ… なにだ!」
サミルが頭上に伸ばした手は、鷲ではなく砂袋に触れて破裂した。
ジャックは自分の体を投げたのではなく、
馬車の中からエルノールが投げた砂袋を投げたのだ。
もともと彼女に付着していた血が砂と混ざり、顔に直撃した。
「もっと大声で呼んでみろ」
「絶対に来ないから」
「いや… 頼む… 」
「私が… 私が間違ったんだ… 」
「異端者じゃないのに… なぜ!?」
「私が拷問した人たちだからか…? それとも殺した人たち…?」
「国が命じたからやっただけだ… 私は罪はないんだ… 」
「俺だって、被害者なんだよぉッ!!」
「そうだろう、お前も被害者だろう」
「でもお前は失ったものがないから」
「くっ!! くっ… くっくっ…」
短刀はドルフスの首を貫通した。
彼は無念と恐怖に満ちた表情のまま固まり、瞳孔だけが大きく揺れていた。
長い時間を待って計画してきたこの瞬間、虚無感が感じられるかと思ったが、そうではなかった。
不確実に見えた計画が成功し、もしかしたら遠く感じていたルークも殺せるかもしれないという感覚が湧き上がった。