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社会人の独り言  作者: 黒船雷光


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23/69

祖母の思いで

今日はお盆で家に坊さんに来ていただき、お経をあげてもらった。


私には父も母もこうして仏壇を通してしか面と向かうこともなくなってしまったが、幸いにもお経を横で聴いてくれる妻と子供達がいる。家族の繋がりを認識し、連綿と繋いでいく儀式を通して先祖との在り方を振り返る時期なのだ。


そこで思い出したのは、母方の祖母が亡くなった時のことだ…


当時私はまだ小学生だったと思う。

祖母の子供は私の母を含めて7人だったと思う。

だが、面識のある叔父叔母は4人ほど。

従兄弟は比較的世代が近く、集まると良く遊んだ。


祖母が亡くなったばかりだと言うのに、クソガキだった私達は

居間でふざけて暴れて遊んでいた。母と叔母が「あんた達いい加減にしなさい…」と小言を言っても言うこと聞かずに座布団投げたりふざけ合っていた。


その時、祖母の位牌が「パン!」という大きな音を立てて倒れた。

葬式の直後だったのでまだ仮の手書きの位牌が特に何かぶつかった訳でもなく。


その瞬間、僕たちは時間停止を喰らったが如くその場で凍りつき動きを止めた。

生前は優しい祖母のイメージしかなかったので、ピシャリと叱られたのが初めてで、バカなクソガキでもその現象の持つ意味はよく理解でたし、今日の様な日に思い出す。


死者は蘇る事はない。だが、子々孫々出会い交流することで、その人の記憶に残る。

記憶の中の祖母も祖父も父も母も覚えているのは生前の共に生きた時の記憶だ。

手を合わせて故人の思い出を呼び起こしてこれからの自分と家族とのつながりがどう在るべきかを考える機会はこんな時にしか振り返らないが、過去の積み重ねで今があるし、それがどうあれ未来に自分が死してなお何を残せるのか…


こんな駄文でも残して伝えるものがあると良いのだが…

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