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第2話 求婚は匂いフェチ!? 伯爵と“添い寝だけ”新婚生活

 あの衝撃的すぎる夜会から数日。

 私は自室の窓辺で、愛読書である分厚い騎士道物語に没頭していた。


 ……と言いたいところだけど。


 実際は、頭の半分以上があの紅い瞳の変態伯爵様――アルヴィン・ラヴェル様のことでいっぱいだった。

 仕方ないじゃない!

 あんなインパクト強すぎることされたら!


「エリザベート! 大変よ、大変なことになったわ!」


 母が、まるで火事でも起きたかのような勢いで部屋に飛び込んできた。

 顔が真っ赤。興奮しすぎ。


「あらお母様。そんなに血相を変えてどうかなさいましたの?

 またお父様が、秘蔵のワインの瓶でもお割りに?」


「それどころじゃないのよ!

 ラヴェル伯爵様が! あのアルヴィン様が!

 あなたに正式な求婚にいらっしゃったのよ!」


 ぶーっ!


 飲んでいた紅茶を、危うく本の上にぶちまけるところだった。

 セーフ! 私の愛しい騎士様が汚れるところだったわ!


「きゅ、求婚ですって…!

 あの、超絶美形だけど超絶ド変態の、匂いフェチ伯爵様が!」


「こらエリザベート! なんて口の利き方をするの!

 アルヴィン様は、それはそれは素晴らしいお方ですのよ!」


「どこがですの!

 初対面の淑女に『君の匂い、すっごく気に入った。今日から俺のものだ』なんて堂々と言い放つ殿方が、どう考えてもまともなはずありませんわ!」


 私の魂からの必死の訴えも、悲しいかな、完全にスルー。

 あれよあれよという間に、私は応接室へと引きずられていったのだった。


 そこには。

 涼しい顔で優雅にソファに腰掛けるアルヴィン様。

 その隣で、緊張のあまり生まれたての小鹿のようにブルブル震える父。

 さらにその隣で、頬をバラ色に上気させてうっとりとした表情の母。


 ……うん、カオス。

 絵に描いたようなカオス空間がそこにあった。


「エリザベート嬢。先日は少々、驚かせてしまったようだね。

 改めて、君に結婚を申し込みたい」


 アルヴィン様は、それはもう春風のように爽やかな笑顔で言い放った。

 まるで「今日は良いお天気ですね」くらいの軽いノリで!


「け、結婚ですって…!

 わたくしと、ですか!

 い、一体なぜですの!」


「もちろん、君のその類稀なる素晴らしい香りに、身も心も魂ごと奪われてしまったからに他ならない」


 ほらきた!

 やっぱり理由がド変態!

 ブレないわね、この人!


 私は父と母に勢いよく向き直る。


「お父様! お母様! お聞きになりました!

 このお方、わたくしの匂いが好きだから結婚したいって!

 どう考えても正気の沙汰ではありませんわ!」


 しかし。

 モンヴェール男爵家当主と、その妻の反応は、私の予想の遥か斜め上を突っ走っていた。


「まあ! なんて情熱的で、なんてロマンティックなのかしら!」

(母、感涙でハンカチを目に当てている)


「うむ! さすがは竜神と謳われるお方だ!

 古い言い伝えでは、ラヴェル家の始祖は竜を屠った英雄だが、その際に竜姫の悲恋が絡むとか……。

いや、それよりも我が娘の、凡百の男には窺い知れぬ隠れた魅力を見抜かれるとは!

 お目が高いにも程がある!」

(父、なぜか感極まって胸を張っている。ちょっと何言ってるかわからないけど、伏線っぽいの挟んできたわね!)


 え、どこが?

 どの部分が情熱的でロマンティックで、どこに私の隠れた魅力が?

 ツッコミどころが満載すぎて、処理能力が追いつかないんですけど!


「エリザベート。お前は本当に幸せ者だぞ!

 あのラヴェル伯爵家からのご求婚など、普通の貴族令嬢が逆立ちしたって望んでも得られるものではないのだからな!」


「そうですわよ、エリザ!

 この、またとない素晴らしいご縁を逃したら、あなたはもう一生結婚できませんことよ!」


 いや、それはそれで静かに本が読み放題で……なんて、口が裂けても言えない地獄のようなプレッシャー。

 完全に外堀を埋められた。

 いや、もはや本丸に白旗が立っているレベル。


 アルヴィン様は、優雅に紅茶を一口お飲みになると、私にそれはもう甘く蕩けるような笑みを向けた。


「エリザベート嬢。

 君が大切にしている書物は、全て我がラヴェル家の屋敷の書庫へ運び込もう。

 君が望むなら、新たに書斎を一つ設えてもいい。


 読書の時間は私が必ず保証する。

 もちろん、日中の自由な外出も許可しよう。


 君が君らしく、のびのびと過ごせることが、私の何よりの望みだからね」


(な、なんですって…!

 大切な蔵書持ち込み、完全OK?

 読書時間も、自由な外出も、全部保証!?

 しかも専用書斎ですって……!)


 私の心が、ぐらり、と大きく揺れた。

 確かに、これ以上両親に心配と迷惑をかけ続けるのも忍びない。

 そして、この変態……いや、アルヴィン様は「鉄壁の堅物で女性に一切興味がない」という世間の評判。


(使用人の間では、満月の夜は旦那様のお部屋には近づかないのが暗黙のルール、なんて物騒な噂もチラッと聞いたけど……まあ、気にしないでおきましょう!)


 つまり!

 これはもしかすると、形ばかりの結婚生活で、愛だの恋だのという超絶面倒くさいアレコレは一切抜きにして!

 ひたすら本を読みふけって優雅に暮らせるという、夢のような生活が手に入るチャンスなのでは……?

 それに、この顔面国宝級のスーパー美貌。

 毎日タダで拝めるなら、目の保養にはなる……かもしれない。うん。


「……わ、わかりましたわ。

 その、ありがたいお申し出……謹んで、お受けいたします」


 私がか細い声でそう告げると、父と母は「やったー!」とでも言わんばかりに手を取り合って狂喜乱舞し、アルヴィン様はそれはもう満足そうに深く頷いた。


 こうして。

 私の結婚は、まるでジェットコースターのような勢いでトントン拍子に決定してしまったのだった。

 あまりのスピード展開に、私自身が一番、目を白黒させていたのは言うまでもない。


◇◇◇


 そして、あっという間に婚礼の日。

 質素ながらも、ラヴェル伯爵家の威光を示すには十分すぎるほど厳かな式を終え、私は広大なラヴェル伯爵家の主寝室に、ぽつんと一人でいた。


(ふう。どうせお飾り夫婦でしょ?

 夜伽よとぎなんて、求められるはずもないわよね。

 なんたって、あのアルヴィン様は『堅物』で通ってるんだし)


 そう高をくくって、持参した恋愛小説の続きを読むべくページを開いた、その時。


「エリィ」


 背後から、あの低く甘い声。


「ひゃっ!」


 心臓が口から飛び出るかと思った!

 勢いよく振り返ると、そこには寝室用のシンプルなガウンに着替えたアルヴィン様が立っていた。

 その手には……なぜか枕。

 え、なんで枕持ってるの?この人。


「あ、あの、アルヴィン様……何か、御用でございましょうか?」

「ああ。一緒に寝ようと思ってね」

「…………はい?」


 聞き間違い?

 うん、きっとそう。私の耳がついにおかしくなったのね。


「だから、一緒に寝てほしいんだ。

 君の香りのそばだと、とても心が落ち着いて、安らかに眠れるんだ」

「い、一緒にって……ま、まさか、このベッドで、ですの!」

「もちろん。我々は夫婦なのだから、当然のことだろう?」


 当然じゃない!

 全然当然じゃないわ!

 どこをどう解釈したらそうなるのよ!


「あの! アルヴィン様は鉄壁の堅物で、女性には一切ご興味がないという噂はどこへ雲隠れしたのですか!

 夜伽はNGなんじゃなかったんですか!」


 パニック状態で一気にまくし立てる私に、アルヴィン様は少しきょとんとした顔をした。


「夜伽? ああ、そういう類のことは、今のところ君に求めてはいない。

 ただ、君に添い寝をしてもらいたいだけなんだ。

 安心してくれ、指一本触れないと、ここに誓おう」


 アルヴィン様はそう言うと、ガウンの袖口をほんの少しだけ気にしながら、普段の威圧感など微塵も感じさせない、まるで母親に何かをねだる幼い子供のような、少し不安げで、そして切実な表情を浮かべた。


(ん? 今、袖口で何か隠したような……気のせいかしら?)


 その燃えるような紅い瞳が、心なしか潤んでいるように見えるのは、きっと気のせいじゃない。


(う……な、何なのよ、その反則級の顔は……)


 不覚にも。

 ほんの少しだけ、私の心臓が「きゅん」と可愛らしい音を立てたような気がした。

 ほんの、ほんの少しだけよ!断じて気のせいではないけれど!


「……わ、わかりましたわ。

 そ、添い寝だけ、ですわよね? 絶対に!」

「ああ、約束する。ラヴェル家の名誉にかけて」


 私が渋々頷くと、アルヴィン様はぱあっと顔を輝かせ、子犬のように嬉しそうに微笑んだ。

 そして彼は本当に、私の隣にそっと横たわると、くんくんと私の髪の匂いを満足気に嗅ぎ(やっぱり変態行動は欠かさないのね!)、数分もしないうちに、それはもう穏やかで安やかな寝息を立て始めたのだ。


(本当に……寝ちゃったわ……。

 しかも、ものすごく、ものすごく幸せそうな顔で……)


 彼の無防備な寝顔は、昼間の威厳に満ちた伯爵様とはまるで別人みたい。

 なんだか、大きな黒猫が丸まって眠っているみたいで……ちょっとだけ、可愛い……かも。


(いやいやいや! 相手はド変態で匂いフェチの伯爵よ、私!

 しっかりしなさい、エリザベート・フォン・モンヴェール!)


 頭をぶんぶん横に振って邪念を追い払った、その時。

 ふと、部屋の隅に置かれた、大きな衝立ついたての向こう側が、妙に気になった。

 何か、金属質なものが月明かりに鈍く光を反射しているような……?


 好奇心には勝てず、そっとベッドを抜け出し、衝立の向こうを覗き込むと――


「……お、檻?」


 そこには、紛れもなく、人間が一人すっぽり入れそうなほど大きな、黒々とした鉄製の檻が鎮座していた。

 しかも、目を凝らしてよく見ると、その檻の頑丈そうな格子の何本かに、何やら赤黒い、乾いたシミのようなものが、べったりとこびりついている。

 まさか、あれって……。


(血……の跡……じゃなくて!?)


 ぞわわっ、と全身の毛が総毛だつ。

 背筋を冷たいものが駆け上った。


 匂いフェチで、夜伽はNGのはずなのに添い寝は強要してきて、おまけに寝室には血痕付き(かもしれない)鉄の檻を完備!?

 私、もしかしてもしかしなくても、とんでもない人と結婚してしまったんじゃ……ないの!


 この人の本当の正体っていったい何なの!?

 どうしてこんなに私の匂いが好きすぎるのよ!?

 この結婚、これから一体全体どうなっちゃうの――!?


 私のラヴェル伯爵家での甘くてスリリング(?)な新婚生活は、初日から前途多難すぎる大波乱の幕開けを、高らかに告げたのだった!


(第2話 了)

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