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湯船
『男』と書かれたのれんを潜ると、多少作りは小さいものの、芽衣子の言葉通り、ほとんど銭湯や温泉宿と一緒のレイアウトが広がっている。
それになんだか、いい香りがする。もしかしたら、本当に温泉なのかもしれない。
「ドゥンケル城の下に、しかもメインキャスト専用でこんな施設を作ってしまうとは……恐るべし、ストレンジ・ワールドだな」
服を脱ぎつつ、睦月は呟いた。
そして、包帯へと手をかける。
「……いいか、このままで」
どの道、捻ったりぶつけたならば、首筋を暖めたら痛くなりそうだ。濡らさないように気をつけて入ることにした。
備え付けの石鹸で汗を流し、大きな湯船に肩の下辺りまで浸かると、息を吐く。
「ふうー……。生き返るなぁ!」
生き返る。己の洩らしたその言葉に、ふと首を傾げた。
「……なんだ? 重要なことを忘れてる気がする」
奇妙だ。妙なのだ。何かが、変なのだ。
その、胸にずっと引っかかるしこりの謎がわからぬまま、風呂を上がる。




