加速する世界
音を頼りにゆっくり進むと、石造りの階段があった。
豪華で絢爛なエントランスの中央階段と違い、こちらは見張り搭へと行くための階段だ。
質実剛健な作りのそれは、見せるために飾られたものではない。
音を追って螺旋階段を上がる。規則正しく並ぶ明り取りの窓の向こうに、やつれたみたいに細く病的な三日月が見えた。
長く長く続く階段を、睦月は昇り続ける。いつの間にか、前を行く足音は消えていた。
(キツい……。誰かいるんだとしたら、ずいぶん疲れ知らずだなぁ)
息が切れるころ、ようやく階段を上りきり、木造の扉が姿を現す。
ゆっくり力をこめると、軋んだ音を立てて開いた。冷たい夜の空気がドッと流れ込む。
石造りの屋上には、月が弱々しく光を投げかけている。
注意深く周囲を見回すが、どこにも人影は見えない。首を傾げつつ、手すりへと歩み寄る。
すると手すりの向こう側に、白い影がヒラリと舞った。
(もしかして、誰かが落ちかけているのか!?)
慌てて近寄り、身を乗り出して手を伸ばす。
しかし、そこにあったのは、手すりに引っかかったストレンジ・ワールドのパンフレットだった。
首を傾げつつ、戻ろうとしたその時。
何かを聞いた。小さな……呟くような、女の子の声だと思った。
そして、ドン! と。誰かに、強く背を押された。
瞬間、睦月は空中へと投げ出される。
逆さになった視界で捉えた景色は、墨色の空と群青の群雲、そこに光る黄色い三日月。
その中に立ち尽くす、濁血に染まった白いワンピース姿……右目を大きく切り裂かれた、泣き笑いの少女の顔だった。
加速を増す世界。耳に轟々と風の音が聞こえる。
せめて、自分の行き着く先を確認しようと首を捻って見た物は、まるで巨人の腕みたいに太い木の枝と奈落みたいな漆黒の堀。
そして……彼が最後に聞いたのは、自分の首と、炭素繊維強化プラスチックの鎧が砕ける音だった。
粉々に砕け散った白銀の破片の中心に、睦月は大きく跳ねてから大の字に倒れ伏した。
面白いな、続きが読みたいなと思ったら、ぜひブクマや評価、レビューをお願いします!




