影
睦月には、その日のパレードはどこか寒々しい、調子がズレた物の様に感じられた。
まるで、不協和音だ。
ヴァンパイアもアルラウネもいない上に、ダンサーの数も少なくて列も歪。
客の歓声や拍手にもいつものような熱狂はなく、どこか上滑りした空気だけが流れ、閉園の時間になった。
最後のゲストを送り出し、睦月は園内を回っていた。
残っている客はいないか、壊れている施設はないかどうかのチェック……いつも通りの、〆の作業だった。
通信によると、すでに華音をはじめとしたメインキャストは皆、引き上げ始めているらしい。
少なくとも、今日は誰も襲われずにすんだようだ。
いつの間にか、雨は上がっている。闇と静寂に満ちた園内で、ふと視界の端を影が掠めた。
「あれ?」
黒い闇に紛れる様に、ドゥンケル城の堀の向こう側の茂みで、何かがヒラヒラと舞ったのだ。慌ててそちらへ追いかける。
だが、近寄ってはみたものの、何も見つからない。
耳を澄ませ、周囲を見回す。
人工霧は、ずいぶんと晴れてきている。
堀を覗いてみるが、水はまるで墨が流れてるみたいに真っ黒で、何も見えなかった。
「見間違いかな……?」
呟きつつ、踵を返そうとした時に、それを見た。
見間違いではない。それは、白いワンピースの後ろ姿だった。
黒く長い髪をなびかせ、人影はふらふらと導かれるようにドゥンケル城へと入っていく。
「あんなコスチュームのスタッフ、いたか……?」
一瞬、雪女のキャストが頭を過ぎる。彼女も白い服に長い髪だった。
そう思って、インカムに問いかける。
「五条さん、ドゥンケル城に誰か残ってますか?」
「いえ、誰もいませんが。一般スタッフも退園済みですし、メインやサブのキャストも、続々と更衣室に戻っています。今、その付近にいるのは睦月君だけですよ」
その声に緊張する。五条が不思議そうに尋ねた。
「どうかしました?」
「……園内にゲストが残ってるようなので、これから保護しに向かいます」
答えながら跳ね橋を渡り、城内へと歩を進める。広いエントランスに人影は見えない。
睦月はヘルメットを脱いで、耳を澄ませた。
どこからか、微かに規則正しい足音が聞こえる……。




