タバコの火
「そうだ。客として、従業員の君と世間話をしているだけだ」
転は気にした風もなくそう返すと、タバコを取り出して口に咥えた。
「だから、ここは禁煙で……」
その先を遮るように手で制しつつ、言う。
「火は点けないよ! ……そもそも、私はタバコの煙がダメなんだ。喉が弱くてね」
「じゃあ、なんで持ってるんですか!」
「子供の頃に見てた刑事ドラマの主人公がいつも吸ってたんだよ。憧れてたと言ったろう! とにかくっ!」
彼なりのこだわりがあるらしく、ガンとゆずろうとしない転は、そこで強く声を出した。
「春の事件だよ。あの時はな、女の子が一人、行方不明になったんだ」
「女の子の……行方不明……?」
そういえば、そんな噂を耳にした覚えがある。
考えてみれば、警察の事件の扱いは、今回と同じ行方不明だ。
何かの因果を感じずにはいられない。
「そうだよ。小学生の女の子でな。この遊園地が大好きで、よく遊びに来ていたらしい。当日もな、パレードが始まる直前まで園内で目撃されている」
「その子、みつかったんですか?」
「いいや。みつからなかった。一方で、遺体も確認されていない」
「じゃあ、ご家族は心配してるでしょうね」
「そうだな。……で、その家族がここで働いている」
「……えっ?」
「御来屋賢三。ここの警備主任だ」
「……そんなの。ケンゾーさん……一言も……」
「彼は、君と一緒にバラバラ死体を発見したと、主張している目撃者でもあるな。御来屋賢三は、孫娘が大好きだったこのテーマパークに、さて何を考えて勤め続けているのか……?」
それから、口に咥えていたタバコを箱に戻し、言う。
「奴さん、今日は出勤していないらしい。……居場所に心当たりはないかねぇ?」
睦月は無言で首を振る。
また、雨が強くなる。
空は、すっかり暗くなっていた。




