電話
「はい。霜上です」
「睦月君ですか? 五条です。ちょっと、お話できたらと思ったんですが……」
睦月は暗い部屋で、がばりと身を起こした。
「五条さん! どうしたんですか?」
「今、オーナーから電話がありました」
「……なんて言ってましたか?」
「明日、人手が足りないので仕事に出てほしいと」
「……はぁー」
睦月は、ため息を吐いた。
感心するやら、呆れ果てるやらだ。
五条が困った声で言う。
「実を言うと、私も休みたかったのですが……私以外のオペレーターはみんな怯えて、出たくないと言ってるのだそうです。無理もないですよ。尋常じゃない様子の睦月君の報告を、オペレータールームにいた全員が聞いてましたからね」
「ああ……あの時は焦ってしまって、すみません」
やはり、自分はパニックの種を撒き散らしてしまったらしい。
そう反省する睦月に、五条は慰めるように言う。
「いえ、睦月君は悪くありませんよ。強いて言うなら、私のミスです。皆が橘さんの行方を気にしていたので、会話をスピーカーに繋いでしまったんです。それにバラバラ死体なんて見たら、誰だって驚きます」
それから、ややあって、確かめるように言う。
「ただ、やはり。そんな物まで出てくるとなると……犯人がいるのは間違いないでしょうね」
「ええ。間違いありません」
睦月も同意する。死神の鎌の先に、首吊ってぶら下がるのとはわけが違う。
『これ』ばかりは、逆立ちしたって一人ではできっこない。
理由以前に、物理的に不可能なのだ。
「犯人が誰にせよ、明らかにストレンジ・ワールドが標的にされてますね」
「みなが嫌がるのも当然です。しかし、私まで嫌がったら、あのオーナーの事ですから……きっと、オペレーターなしでも開園しますよ」
まったく、異常だ。
すべてがおかしいが、一番頭がおかしいのは、あのオーナーに違いない。
黙り込む睦月の耳に、五条の声が聞こえる。
「メインのキャストは、療養中の芽衣子さん以外の全員が出るそうです。パレードも編成を変えて、予定通り行うつもりなんだとか。……困ったものですよ、実際」
正体不明の殺人鬼がうろついている。……それがわかっていて、まだ開園するつもりなのか!?
睦月は憤って言った。
「何を考えてんだか! だって、殺人犯がいるかもしれないのに働けるわけ……っ!?」
ないでしょう、と。言おうとして、黙り込んだ。
(そうか。もしも、本当にストレンジ・ワールドを開園するなら、殺人犯がいる場所で、華音先輩が働くことになるんだ……!)
彼女の、死に対する危機感のなさは異常だ。
もしも凶器を持った殺人犯と対峙したら、後先考えずに危険な真似をしでかしそうだった。
それに、ゲストも危険だ。
睦月の頭に、ここ数日の間で保護した迷子の顔や、楽しげに行きかう人々の姿が思い出される。
「……行きます」
「えっ?」
「俺、行きます。明日、出ます」
「睦月君、大丈夫ですか? あのオーナー、何を考えてるかわからないですよ。無理をしない方が……」
「いえ、大丈夫です。それより、ひとつお願いが」
「なんでしょうか?」
「明日の休憩は、キョンシー役の華音先輩と一緒に取らせてもらえませんか?」
「それは、構いませんが……その程度の融通ならききますから」
「それじゃ、よろしくおねがいします」
電話を切ると、睦月はまた横になり目を閉じた。
叩きつける様な激しい水音が、窓の向こうから聞こえる。
雨が、さらに強くなっているようだった。




