疑問
「はぁー……橘さん……嘘でしょう?」
まるっきり知らない仲ではない……どころか、彼に対して好ましい印象持ち始めていただけに、落胆の度合いは大きい。
と、同時に、大きな疑問が鎌首をもたげてきた。
つまり、『なにがあればこうなるのか?』と言う、単純な疑問だ。
(例えば、ここで事故があってバラバラになってしまった……?)
歯車に身体を挟まれた……あるいは、ワイヤーか何かが身体に絡みつき、それが歯車に巻き込まれた。
「バカバカしい! そんな話、あるもんか……」
知らず、独り言が口を出た。
ワイヤーなんて周りにないし、歯車にはセーフィティがかかっているはずだ。
よしんば、そういう事故が起こったとしても、だ。
首だけランプ掛けに引っかかっていた理由は説明できないし、なによりインカムを通して助けを求めた様子もない。
「……だとしたら、やっぱり犯人がいるのか?」
睦月はゆっくり立ち上がる。
「ケンゾーさん。なにかわかりましたか?」
床に顔を近づけて、『それら』を見てまわっているケンゾーに声をかけた。ちなみに、視線はあえて外してる。
「睦月君。こっちにこないほうがいいぞ」
「……橘さん、どうしてこんな事になっちゃったんでしょうか」
ケンゾーはしばらく黙っていたが、睦月が隣から動かないので、ため息を吐きながら言った。
「これは、刃物で切られておる」
「刃物……? チェーンソーとかですか?」
「いや、もっと鋭利で小さな物だな。それにしても……」
そして、また黙り込む。睦月もあえて先を促さず、黙って待つ。
やがて、ケンゾーは観念したように口を開いた。
「……関節に沿って刃を入れてある」
「それは、どういう意味ですか?」
しばらく迷うように唸った後、ケンゾーは言った。
「力任せではない、と言う意味だ。これをやった奴は、落ち着いて、静かに、注意深く、手を震えさせることもなく……血を抜き、関節の隙間へと刃を入れ、腱を切断し、切り離したのだ。ちょうど、肉屋が肉を切り分けるようにな。まるで、人を人だと思っておらんようだ」
と、その時後ろで足音がした。
振り返ると、そこにいるのはスミレ色のスーツを着こなした女オーナー……サンドラだった。
「オーナー……」
ケンゾーが呻くように言った。
サンドラは、大きくため息を吐くと後頭部をボリボリとかき回して言う。
「まったく……困ったものよねぇ」
まるで、道端で寝てる酔っ払いを見たくらいの台詞と態度だった。
その言葉。睦月は怒りが湧き、思いっきり怒鳴る。
「そんな言い方はないでしょうっ! 人が死んでるんですよ!」
サンドラは目を丸くした後、思い出したかのように言った。
「あ……ああ。ごめんなさい。そうよね、あなたの言う通りだわ」
それから、顎に手をやり、考える仕草を見せた後で言う。
「五条が警察に通報したそうだから……あなた達、とりあえず表に出ていなさい」
どうやら、雨が降り始めたらしい。天井の隙間からパラパラと水滴が吹き込んできた。
睦月は踵を返そうとする。
その時、血の香に混じった別の匂いに気づき、足を止めた。
振り返って、壁に引っかかった橘の顔を見る。
その唇の隙間に何か白い物を見つけ、気になって近づいた。
雷が天を走る。稲光に照らされ、橘の顔がはっきりと見えた。
口の中に、乾いた植物のような白い表皮が覗いている。
(なんだ、あれ……? まさか、ニンニク……か?)
「早くなさいな!」
イラついたサンドラの声に促され、睦月は慌ててその場を後にする。
また、空が強く光る。
数瞬遅れて、不機嫌そうに雷鳴が轟いた。




