翌朝
次の日の朝九時半。
睦月は眠い目を擦りながら甲冑に着替えていた。
昨晩のパレード中の事件はスタッフの大半に広まっているらしく、妙にそわそわした空気を感じる。
そんな中で、気になる噂を耳にした。
ヴァンパイアのメインキャスト、橘裏人が、死神のパレード車の周りをうろうろしていたと言う。
根も葉もない噂話の類かと思ったら、そういうわけでもないらしい。
常日頃から芽衣子と橘は仲が悪く、時には激しく言い争っている姿を目撃されているそうだ。
なんでも、数年前まで二人は付き合っていて、愛憎が激しくもつれあってるとか、そういう類の話だった。
更衣室を出たところで、キョンシー姿の華音を見つける。ドゥンケル城とは反対方面の、クーロン・ストリートへと向かう通路だ。
昨夜の事を一言謝りたくて、その背に声をかけようとして、思い止まる。
(もう、時間がなさそうだな……仕事上がりに話せばいいか!)
睦月はヘルメットを被ると、ドゥンケル城へと駆け出した。
時間は午後の一時、インカムから通信が入る。
「睦月君? 今、手は空いていますか?」
「はい、大丈夫です」
「では休憩時間です。途中、ドゥンケル城へ寄り、ヴァンパイア役の橘さんをエスコートしてください」
「イエス、マスター!」
空を見上げると、あいにくの曇天だった。
灰色の雲が、重苦しく立ち込める。雨はまだ降っていないが、時間の問題だろう。
ドゥンケル城へ入ると、橘が若い女性に囲まれていた。睦月がエスコートするまでもなく、橘はその姿を見ると、「失礼! 我輩のしもべが呼びに来たようだ。今宵の生贄について、わからない事でもあるのだろう。……では、諸君! 夜に会おうではないか!」
そう、よく通る声で叫び、黄色い声援を背に受けながら颯爽と歩み寄ってきた。
「休憩だそうです」
「見ればわかるよ。指示も受けてる。一緒に来たまえ」
そして橘は、従業員通路へと入る。睦月は慌てて後についていく。
すると、廊下にカツカツと足音を響かせながら、歩みを止めずに彼は言う。
「たしか、睦月君……だったね。華音君の幼馴染の……そういえば、君とこうして話すのは初めてだったかな……? どうだね、昼食でも一緒に。吾輩が、ご馳走しようではないかっ! フハハハハーッ!」
橘は高笑いと共にバサリとマントを翻しながら振り返り、ゲストもいないのにポーズを決めた。




