ようこそ、ストレンジ・ワールドへ!
「いい? 甲冑のベルトを締めるからね」
一ノ瀬華音のその言葉と共に、脇に手が差し込まれた。次いで、肩の辺りが持ち上げられる。カチカチとベルトを巻き上げる音の後、炭素繊維強化プラスチックの鎧が体に密着した。
霜上睦月は、肩越しに背後を伺いながら問う。
「これ、一人で着るにはどうしたらいいんですか?」
「体の横にフックがあるでしょう? それで簡単に取り外しができるから……今は、ムーちゃんの体に合わせるために手伝ってるだけ。それじゃ、立ってみて」
睦月は立ち上がる。白銀に光る鎧を手の平で叩くと、表面の銀メッキが乾いた音を立てた。腕を回すと、ライクラ製のボディースーツが鎧の下で擦れて、ギュチギュチと音が鳴る。
華音は心配そうに、睦月の顔を覗き込んだ。
「どう? 胸の辺りとか、きつくない?」
「大丈夫です。思ったよりも軽いんですね」
華音は満足そうに頷く。
「サイズはぴったりね。これ、ロッカーの鍵よ。衣装は個人管理になるから、なくさないでね」
言いつつ、蓄光オバケのキーホルダーがついた鍵を手渡された。
彼女は、鎧の各部をチェックしながら続ける。
「それを着て、勤務時間中に各ブロックを巡回してもらいたいわけよ」
睦月は頷くと、華音に質問した。
「でも、ここ、確かめちゃくちゃ広いですよね。普通に歩いて回るだけでも、半日はかかるじゃないですか。ルートはどうすればいいんですか?」
華音はニコリと笑い、傍らにおいてある西洋騎士のヘルメットを差し出す。
睦月が左手で受け取ると、彼女は言う。
「イヤホンは骨伝導。マイクは口元に埋め込んであるわ。オペレーターのナビに従ってもらえれば大丈夫……それじゃ、行きましょ」
そう言って、手を引っ張られる。
ライクラのピッタリした手袋を通して伝わる、三年ぶりの彼女の指の細さに、睦月は不思議な思いに囚われた。
華音はもうすぐ、二十歳になる。
だけどまるで、中学生で成長が止まったみたいに小柄で華奢だ。顔も童顔だし、仕草もいちいち子供っぽい。
彼女は前方を指差しながら言う。
「ここを真っ直ぐ行くとね、すぐに外に出れるのよ」
更衣室を出て、暗い廊下を渡り、やがて両開きの扉へと行き着く。
扉は古風で分厚い木製だ。
華音は得意気に胸を張ると、扉を思い切り両手で押し込んだ。
「ようこそ! ストレンジ・ワールドへ!」
強い光と冷たい空気が流れ込み、睦月は思わず目を細める。
手をかざしながらゆっくり目を開けると、眩いばかりの光の中に、巨大な城が聳え立っていた。