深夜の食事会
窓際の席に二人は座る。おしぼりで手を拭き、にこやかに五条は言う。
「なんでも注文してください。ここは、私がご馳走しますよ」
ファミレス程度で、しかも年上の好意を無にしては、逆に失礼にあたってしまう。
睦月は甘えることにした。
「じゃあ、ミートソースと、シーザーサラダ。それと……カプチーノを食後に」
「私は、イカスミパスタと、トマトとモッツァレラのカプレーゼにします」
注文を告げられ、店員が去っていく。と、おもむろに五条の顔に陰が落ちた。
「……どうしたんですか?」
「いえね。今夜の芽衣子さんの件について、考えてました」
なんとなく避けていた話題だっただけに、緊張して居住まいを正す。
「私、その場に直接いたわけじゃありませんからね。だから、現場にいた睦月君に聞きたいんです。オーナーが言っていたように、あれは本当に事故だったと思いますか?」
睦月は、少しの間うつむいてから答える。
「……芽衣子さんは死神の鎌に首を縛られ、ぶら下がっていた。事故であの状態になるのは……難しいと思います。けど、もしも自力だとするなら、自殺以外に考えられない」
だが、自殺するにしても、いくらなんでも場所が悪質すぎると思う。テーマパークのパレード車に、装飾品として自分をぶら下げないといけない理由は、どう頭を捻っても思いつかない。
ならば……やはり犯人がいるのだろうか?
と、ポンと睦月は手を打った。
「そうだ。ナビ! 芽衣子さんのナビは、行方不明の間、どこを示してたんですか?」
その一言に五条は、さらに渋い顔をした。
「それなんですよ。実はね、芽衣子さんのナビはゲストの一人が持っていたそうです」
「ゲスト……? それって、来場したお客さんって意味ですよね?」
その一言に、こくりと頷く。
「アルラウネの衣装……その頭部、薔薇の冠にインカムの機械が入ってます。当然、ナビもその中に。それを落し物として、センターに届けたゲストがいるんです」
「それじゃ、そのゲストがなにか事情を知っているんじゃないですか?」
「ゲストは、忘れ物センターに届けてすぐ、そのままいなくなってしまったそうです。だから、その人が何かを知っていたのか、あるいは単に拾っただけの第三者なのかはわからない……」
睦月は思わず喉の奥で唸った。
「むぅ。職員が、顔を覚えていたりはしないんですかね?」
「覚えていたとしても、どうでしょう……。睦月君、ストレンジ・ワールドの一日の来場者数を知ってますか?」
「いや……想像もつきません」
それから、腕を組んで少し考える。
「そうですね。パレードの時はとにかくすごい人だったから……五千人とかですか?」
五条はくすくすと笑って、言った。
「三万人です」
「えっ……?」
「もっとも、これは一年の来場者数を営業日で割った数ですから、冬休みの今はもっと多いはずですよ。恐らく、その倍の六万か、もしかしたら三倍の九万か……」
想像より一回り多い桁に、睦月は絶句する。
「……ストレンジ・ワールドってすごかったんですね」
「明日からの業務に、さらに身が入るでしょう?」
二人で顔を見合わせ、苦笑する。
「でも、そうなると……通り魔的な犯人なら、当てもなしに捜すのは無理ですね」
「ですねぇ。しかし普通のゲストは、パレード車庫の場所や入り方は知らないはずです」
「それも、偶然に見つけたとか?」
「ふむ。偶然が重なった異常者の犯行……ですか」
五条は視線を外し、外を眺めた。
ウィンドウガラスは夜の闇で鏡みたいになっていて、彼の作り物めいた美形を映していた。
と、その前にスパゲティを乗せた皿が滑り込む。
「お待たせしましたー。こちら、カプレーゼとイカスミパスタ……ミートソース、シーザーサラダになりまーす」
店員の型どおりの報告と共に、湯気を上げる料理が並ぶ。
「さて、食べましょうか!」
五条が店員に目礼し、見とれるような笑顔で言う。
睦月もフォークを手に取った。
「五条さん、いただきます」
軽く頭を下げると、真っ赤なミートソースに粉チーズを振りかけて、スパゲティを巻きつける。
口に入れて噛み切ると、ちょうどよいアルデンテの麺は、プチプチと弾けて口中に濃厚な肉の旨味とトマトの酸味を撒き散らした。
美味そうに目を細める睦月を見て、イカスミパスタを口に運びながら、五条は感心した声で言う。
「それにしても……間近で大量の血を見た後で真っ赤なミートソースを食べられるとは……すごいですねぇ」
「ちょ、ちょっと五条さん! 言わないでください、連想しちゃうでしょっ!」
「おおっと! これはこれは。すみませんでした」
五条は頭を下げる。
睦月はフゥと息を吐いて血塗れの芽衣子を頭から追い出し、次のスパゲティを巻き取り口に入れた。
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