女オーナー
二人は従業員用の出入り口から外へ出る。
五条はバイクで通勤していると言うので、駐車場へと向かった。
睦月の自転車もそこにあったので、ちょうどよい。
途中、赤く光を投げかけて、パトカーのランプが回っているのが見えた。睦月は言う。
「あれ、パトカーが来てるんだ」
「ええ。……ゲストの誰かが通報したんでしょうね」
パトカーの前で、金髪碧眼の女が警察官相手に大声を張り上げている。
「だから、事件など起こっていないと言っているでしょう!」
「事故だとしても、通報があった以上は調べなきゃならんのです。本人に話だって聞かなきゃならないし……」
「本人は寝込んでて、まだ起きられないわ! どうしても調べるというのなら、然るべき手続きをしてからにしなさい! 礼状を持ってきなさいよ! 礼状を! 私の土地で勝手な真似はさせないわ!」
それを横目で見ながら、五条が言う。
「あれ? オーナーですよ! ……なにをやってるんでしょうか?」
その言葉に、睦月もそちらを見る。
そこにいたのはストレンジ・ワールドの女オーナー、サンドラだった。
彼女は、過激な経営手腕とワンマン振りで、よくマスコミを騒がせていた。
時々、常軌を逸した派手な広告を打つ事があり、ニュースでも「常識がない」などと、名指しで非難されている。
だが、本人はあまり出たがりではないらしく、睦月も顔をみたのは面接の時が初めてだった。
見た目は三十歳前後だが、実年齢はずっと上に違いない。
そのサンドラが今、警官と丁々発止に怒鳴りあっているのだ。サンドラは胸を張り、またよく通る声で朗々と吼える。
「敷地内に立ち入ることは絶対に許しません! 出直しなさいっ!」
その様子を見ていた睦月は、歩きながら呆れた顔で呟く。
「なんだよ。ケガ人だって出てるんだ。ちょっと入れて見せるくらい、かまわないだろうに」
あれだけ大騒ぎになったのだ。警察が来ても仕方ない。
なのに、現場すら見せずに追い返そうとするサンドラの姿は、傍目には『異常』の一言だった。
だが、五条は首を振って言う。
「……いえ。正直、私は、オーナーの気持ちも理解できます。事故が起こったとなると、営業許可が取り消される可能性がありますからね」
「営業許可……ですか?」
「はい。もしも不備を指摘されれば、下手したら冬休みの間中、ストレンジ・ワールドは休業と言う事になりかねない」
「うっわあ。それって損害とか保険とか、そういう金勘定の話ですよね? 嫌な感じだなぁ!」
夢の国の裏側で、大人の世知辛い側面を見せられたようで、睦月は顔をしかめる。
しかし、五条は首を振った。
「いいえ、それだけではありませんよ。こういう言い方をしてよいのか、わかりませんが……幸いにも、今回はゲストの被害がなく、従業員の事故ですんでいます。つまり警察さえ入れなければ、内々で処理できると言う事ですね。怪我をした芽衣子さんにしても、自分のせいでストレンジ・ワールドが休園したとなったら、責任を感じて大きなショックを受けかねないでしょう?」
「……なるほど」
睦月は、怪我をした芽衣子のためにも、漠然と警察を入れて調べるべきだと考えていた。
だが言われて見ればその通りで、ケガ人をした芽衣子本人が何を望んでいるかは、まだわからない。
ならば今はできるだけ影響の少ない形で、事を収めたほうがいいのだろう。
もしかしたら、サンドラはサンドラなりに、従業員を守ろうとしているのかもしれない。
自転車とバイクを回収した二人は、街道沿いの道を進んでいる。
途中、食事をして行こうと言う事になった。とは言え、すでに時刻は十二時近い。開いてる店など限られている。
その極めて少ない選択肢を協議した結果、近くの二十四時間営業のファミリーレストランに行くことになった。