五条柚春
それから数分後。五条に誘われ、睦月はオペレータールームにいた。想像していたよりも簡素で狭い部屋を見て、睦月は呟く。
「ここがオペレータールームかぁ。……思ったよりも狭いんだな」
ストレンジ・ワールド全体に指示を出す部屋としては、意外なほど小さかった。
壁一面に広がった大きなモニター。その前のブースの数は、たったの六つ。それぞれに通常のモニターとキーボードが備えてある。
五つは空だったが、そのうちひとつに男が座り、コーヒーを飲みながら何か作業をしている。
その男性が立ち上がって振り向き、言った。
「ようこそ、睦月君。直接会うのは初めてですね。オペレーターの五条です」
振り向いたその顔を見て、睦月は驚いた。とんでもない美形だ!
美形すぎる、と言っていい。人形のようにスッキリと整った目鼻立ちに、すらりとした長身。
黒のスラックスに、モスグリーンのジャケットを羽織っている。
体格はまるで、店頭においてある展示用のマネキンみたいにスマートだった。唯一、ジャケットのポケットに、コーヒーを零した染みがあり、それが実に人間くさい。
声も出せない睦月の姿を、五条は眉をひそめて上下に見回した。
「……どうしました、睦月君?」
「あ、ああ! すみません。五条さんがあんまりカッコイイから、びっくりしちゃいました」
五条がホッとした顔をする。
「なぁんだ! よかった……別の人が来たのかと思ってしまいました。私達、インカム越しにしか話していませんからね」
「ええ」
その言葉に睦月は頷いた。
直接聞く五条の声も、相変わらず優しげで耳に心地よい。
背も高く、顔も美形で言葉遣いも丁寧。ここまで完璧にそろってたら、まるで怖いものなしである!
感心する彼をよそに、五条はシステムの説明を始めた。
「ここでメインとサブの指示を、一括して行っています。一人のオペレーターが担当する人数は、せいぜい数人。私が今日担当したのは、サブの睦月君、ケンゾーさん、それとメインはアルラウネ役の芽衣子さん、サキュバス役の琴羽さんですね」
「へえ。オペレータールームって、もっとカメラの映像とか機械とかたくさんあって、何人もいて広いイメージがありました」
「ストレンジ・ワールドに、監視カメラはありません。そもそもここは広すぎますから、すべてを監視するのは土台無理な話です。それに遊園地にカメラがあったら、客が興ざめだろうって……オーナーの方針だそうですよ」
「それにしても、たった六人でこの広い遊園地を動かしてるんですか?」
五条は、ひょいと肩をすくめて見せる。
「インカムの指示が必要なのは、メインとサブのキャストだけですから。各施設ごとに電話もありますしね。人工噴霧機や各ブロックの電源管理も、ここで行います」
彼の耳にはインカムの機械がついている。無線で通信できるらしく、フレキシブルで軽そうな作りだ。その視線を受けて、五条は言う。
「これは、睦月君達のコスチュームについてるのと同じものですよ」
「え。それじゃ、俺のインカムでも他の人と話ができるんですか?」
「はい。システムを操作する端末を繋げば、できますよ。でも、そうしてしまうと、仲のいい友達同士で、いつまでも話してしまうでしょう? だから、会話は一度、オペレーターを通して伝える決まりなんです」
そう言って、壁の大型モニターを指し示す。
「これ……驚くほど単純で旧式なんですよ! 二十年以上前のOSを、そのまま使ってるんですから。最近のスマートフォンの方が、はるかに性能いいくらいです。……ちょっと見てみますか?」
睦月は、彼の肩越しに指差した箇所を覗き込む。画面には遊園地の見取り図が表示され、その上にドット絵のキャラクターがパタパタと動いていた。
キョンシー、ヴァンパイア、ワーウルフ、武者……操り人形やピエロの物もあり、今は更衣室にすべて集合している。
「可愛らしいですね」
五条は少し得意気に鼻を鳴らす。
「そうでしょう? 実はね、元々は名前だけだったんですよ」
指差す先には簡素な丸カーソルと、『MUTHUKI・S』の文字があった。
「それを私が全員分のドットを打ち込んで、キャラクターを作ったんです」
「へえ……」
「もっとも、趣味でやってることですから、就業時間外にコツコツ追加してるんですけどね」
五条は照れたように笑った。睦月は画面を見ながら言う。
「でも、こっちのがいいですね。一目で理解できて、ずっとわかりやすいです」
「今、睦月君のも作ってますよ。ほら」
そう言って開いたファイルには、作りかけの白銀の鎧。五条は、言い訳するように言う。
「今日は色々ありましたから……少しこういう作業をして、気を紛らわせていたんです」
それから、大きくため息を吐く。
「これだけのテーマパーク……キャストを動かす指針になるのは、この旧式のナビと無線インカムのみ。なんというか、中枢はとんでもなくアナクロなわけで……だから、今日みたいな事があっても、すぐに状況が把握できない。困ったものですよ!」
彼は鞄を持ち上げて、モニターの電源を切った。
「では、行きましょうか」