惨劇
時計塔が夜八時の時を知らせる鐘を鳴らす。
賑やかな音楽と共に光り輝く乗り物が続々と現れ、今夜もパレードが始まった。
色とりどりの衣装を着たダンサーが、音楽に合わせてステップを踏む。淡く光るゴーストが、夜霧の中を舞い踊る。ネオンの光る屋台が通り、巨大な機関車も、船も、雪だるまも、大きな壺も、通り過ぎる。……
だが、その中にカボチャの馬車はない。
そして、最後尾。巨大な死神を模したパレード車が、霧の中から現れた。
そこに、詩桐の姿はなかった。パレード車がドゥンケル城の前を通り過ぎるまでに、走って追いつくつもりなのだろう。
ゆったりした速度だったし、終了まではまだ時間はある。五条がなにも言ってこない以上、ここでゲストの誘導をする他ない。
そう思っていた睦月は、しかし、その中に不思議な物をみつけてしまった。
それは、最後尾を行く死神の鎌にあった。
ゆっくりと上下する鎌の先端に、今日はなぜだか人形がぶら下がっていたのだ。ゆらゆらと鎌の動きに合わせながら揺れるそれは、妙な存在感を醸し出している。
新しい装飾だろうか? そう思い、霧の中を数歩だけ近づいてみた。
見物人は多数いるが、誰もその人形に注目していない。
皆、メインのパフォーマンスやダンサーが踊る様子、派手な電飾、あるいは自分の頭の上を飛び回るゴーストに夢中だった。
死神の鎌の先に、どうやら紐が結びつけてあるらしい。
薔薇と蔦をモチーフにしたその人形は、縛り首にされているようだ。他のコミカルな装飾と違い、それだけは異様に陰惨なイメージで作られている。
口から血を大量に流し、真っ白な顔でぶら下がる、それ……真紅に染まった胸元から、ポタポタと何かが垂れて、道路に跡を残していた。
異質だと。そう、睦月は思った。
それだけが変に生々しい。悪趣味に過ぎる気がした。
パレードの後ろからダンサーに紛れるように入り込む。一瞬、ダンサー達が気にしたが、すぐに自分の職務に戻る。
死神の後方から近づいて、道路に落ちて跡を作る何かを指で拭う。
ライクラ製のグローブを通してさえベットリした粘り気を感じるそれを、顔の前に近づけてみた。
鉄気を含んだ生臭い匂い。
色とりどりの光の中で、まったく光を反射しない赤黒い液体を見つめながら、睦月はインカムを通して五条に語りかけた。
「その……五条さん。今日、パレードの編成を変えたって言ってましたよね?」
「ええ。カボチャの馬車を抜いて、間にダンサーを入れる配置にしていますが」
「えっと……その場合って、最後尾の死神に、オブジェとか足したりしますか?」
「は? どういう意味でしょうか?」
何を言っているのかわからない、という風な五条の声。
「例えば……人形を吊るしたりとか……」
「……すみません、睦月君。わかるように説明をしていただけますか?」
一瞬、睦月は言うべきか迷った。口の中が乾いていくのを感じる。
「あの……死神の鎌の先にですね」
そこまで言った時、詩桐の叫び声が聞こえた。
ただ、それはいつもの、おおとりを飾る雄たけびではない。悲鳴だった。
隣を見て、驚く。いつの間にか、詩桐がいた。
彼女は大きく目を見開き、青ざめている。
何を見て悲鳴をあげたか、視線の先を辿るまでもない。
「芽衣子っ!」
詩桐は大きく叫ぶと、ダンサー達を押しのけて死神の鎌へと飛びついた。
客の何人かが異変に気づく。誰かが戸惑うように言った。「あれ、演出か?」と。
周囲のダンサーが、小さく悲鳴を上げる。
通りを挟んだ向こうに側に、ケンゾーがいた。
彼はこちらを見て、驚いた顔をした。彼の判断は早かった。
決して怒鳴るではなく、ギリギリ聞こえる程度の声量で、「睦月君! ゲストを誘導しろ! パレードは中止だ!」と言った。
客にパニックが伝わる前に、事を納めようというらしい。
インカムを通じ、戸惑った五条の声が聞こえる。
「どうしたんですか? トラブルですか?」
「芽衣子さんが怪我をしています! なにがあったのかまでは……とにかく、パレードを止めてください!」
答えつつ、ざわつく客を手で制し、声を張り上げた。
「申し訳ありません! パレードは中止です! 後ろの列から、ゆっくりとお下がりください!」
他のスタッフもゲストを誘導し始めた。客は文句を言いながらも、素直に従う。
園内スピーカーのBGMが終了を知らせる音楽に切り替わる。
「芽衣子! なにがあったの! どうしたのっ!」
背後からは狂ったように叫ぶ詩桐の声が聞こえる。ケンゾーが隣に来て、言った。
「こっちは任せろ。睦月君、芽衣子さんを降ろすんだ」
睦月は頷くと、急いで詩桐の元へと走った。ケーブルのような紐が、衣装の蔦と死神の鎌に絡んでいる。
二人で死神の膝に昇り、鎌が下がったタイミングで協力して芽衣子を持ち上げて、ようやく地面へと下ろした。
(……冷たい。まるで、人の身体ではないみたいな温度だ)
その意味に気づいて、睦月の背筋が震えた。
口から流れ出た血は胸元だけでなく、体前面のほとんどを真っ赤に染めている。すぐに担架が来て、芽衣子を乗せて連れて行った。
睦月は、その様子を呆然と見送る。
それから自分の手を見て、真っ赤な血に塗れているのに気づき、慌ててグローブを脱いだ。