目覚め
ふと目を覚ますと、薄暗い部屋の中にいた。
窓ひとつない、石造りの寒々しい壁の部屋だ。
目の前にはスミレ色のスーツを着た、金髪碧眼の女が立っている。
「おはよう。気分はどうかしら?」
問われて、答える。
「ええ、悪くはないです」
女は、いぶかしむように眉をひそめ、再度尋ねた。
「……本当に?」
目の前には脚がある。
その上には腹が、そして、胸と続き……その上にあるはずの、首はない。『首』は、ここにあるからだ。
五条は、あくびをひとつしてから、もう一度答えた。
「ええ、まあ。頭痛や吐き気もないですし、健康そのものですけど……。もっとも、内臓がないのですから、吐き気がないのは当然でしょうけどね」
「ブラックなジョークね」
「内臓がないぞう」
「それは、単なるダジャレでしょう」
それから、感心したように息を吐いた。
「ふぅ。すごい度胸! 時代が違ったならば、あなた一角の人物になれたかもね」
「ふむ? 私は、生まれた時代が悪かっただなんて、思ったことはありませんが……」
「幸か不幸か、いつの時代も評価するのは他人よ」
「世界を認識してるのは、自分の頭でしょう?」
「今は、頭だけだものね? それで充分なのかしら?」
それから二人で楽しそうに笑う。
「本当に。こんなことが起こらなかったら、私達お友達になれたかもね」
「どうでしょうね。今から試してみますか?」
五条はまた、あくびをする。
「どうもいけませんね。あくびが止まらない」
その女。サンドラは、彼の『身体』をペシリと叩きながら言う。
「……血が足りないのかしらね。あとで少しそっちに移しておくわ」
ふと、五条が部屋の隅へと視線を移した。
「それ、何が入ってるんです?」
それは、小さな箱だった。木と真鍮らしき金属が組み合わされた古ぼけた箱だ。
半ば朽ちかけた木の箱は歪んで穴だらけで、時折そこから白い霧が漏れ出ていた。
サンドラは、箱を手でもてあそびながら言う。
「何って言われても……色々と入ってるのよ。恐怖とか、疫病とか、偽りとか。まあ、わかりやすく一言で言うなら、災厄とでも言うのかしらね」
「災厄ですか?」
「ええ。今ね、一生懸命に集めてるのよ。……でも、これ、どう見ても私が昔、出しちゃった分より多いのよねぇ。これ以上は私の責任じゃないのだわ」
「自然繁殖でもしてるんじゃないですか。ヒマワリだってタンポポだって、花が咲けば種もできて勝手に増えるでしょう?」
「どうかしら。社会構造のせい? あるいは、人が増えたから?」
考え込むようにサンドラは額に手を当てた。
「……結局、イタチごっこなのよねぇ」
それから、ハッと思い出したように顔を上げて五条を睨みつける。
「まったく! あなたのせいでストレンジ・ワールドの領域が、また広がってしまったのよ! どういうわけでこんな真似をしでかしたのか、説明してちょうだい!」
「そうですね。相貌失認、と言うそうですよ」
「……なんの話?」
「ですから、わけを聞きたがっていたでしょう?」
「ああ、その、『わけ』?」
「ええ。その、『わけ』です」




