霧
なんて、物騒な事を考えていた、その時。
ぶわっ!
背後からミルク色の塊が押し寄せ、視界を一瞬で埋め尽くした。
睦月が驚いて辺りを見回していると、華音が小さな声で呟く。
「これ……霧だわ」
いつもの霧の何倍も濃い。辺り一面に広がった霧は、月も、ドゥンケル城も、地に伏したケンゾーや五条の身体さえも、そのヴェールでぼやけさせる。人工噴霧機の音はしない。
さく、さくさく。どこかで薄氷を踏むような、そんな小さな音がした。
けぶる視界の中に、スミレ色のスーツの金髪碧眼が姿を現す。サンドラだ。
左手には何か小さな物を持っていて、そこから霧が溢れ出ている。すぐ近くでシュウシュウと、水が沸騰するみたいな音が聞こえた。
見ると、自分のわき腹から、赤い水蒸気のような一筋が立ち上っている。
それに合わせて痛みさえも霧散していく。それは、睦月の身体だけではない。
白一面の視界の中で、鮮やかに真紅の霞が幾つも噴き上がる。地面に広がった血溜まりや、五条やケンゾーの身体からだった。
同時に、夏場のマンホールに落とした水滴みたいに、地面の血がものすごい勢いで干上がっていく!
そうして、完全に血の跡が消えたのを確認すると、サンドラは、スタスタと五条の首へ歩み寄る。
と、それを右手でひょいと掴み上げた。
「霧が消えたら、痛みが戻るわ。医務室に痛み止めがあるから、飲んでおきなさいね」
それだけ言うと行ってしまった。睦月と華音は、呆然とその背を見送った。




