もうひとつの笑顔
ふ、と。五条が笑った。
それは睦月が見た中で、一番嬉しそうで、一番自然な笑みだった。そして、まるで風みたいに素早く駆け抜け、そのナイフを振るう。
月光を跳ね返し、白刃は真っ直ぐに睦月へと向かった。
ザクリ。刃先が、肉を切り裂く生々しい音がした。ナイフは睦月の鎧の間を正確に縫い、わき腹へと吸い込まれる。睦月が、篭手に包まれた両腕で首筋をガードしていたからだ。
刺す場所は、そこしかなかった。そうなるように、睦月が仕向けた。
死んでも生き返る身体だからこそ、ダメージを考えずに立ち向かえる。
だけど鋭い痛みに、不快感。内臓がぐちゃりと音を立て、傷つくのを感じる。
(あ。これは多分、傷ついたらダメな部分だ……)
腹の底から沸いてくる。激しい吐き気と苦痛に呻きながら、睦月は眼前の五条の顔を睨みつけた。
青白くて、血に塗れて、人形みたいに美形な顔を。その肌は汗に濡れている。
荒く、熱い吐息が顔にかかる、また五条が咳をした。ごぼり、血が睦月に降り注ぐ。
隙間だらけの見せかけの鎧へと。ボディースーツ越しに焼けるような血液の熱さを、睦月は感じた。そして、呟いた。
「意外。五条さん、あんた、まだ……普通の人だったんだね」
五条は面白そうな顔をした。それから、答える。
「いいえ。怪物ですよ。だって……殺人鬼を、普通とは言わないでしょう?」
睦月は、自分の腰へと両手を伸ばす。腰の装飾に混じって、柄が飛び出ている。
それを逆手に掴むと、ゆっくりと引き抜いた。
そこにあるのは知っていた。ただ、一度も抜いたことがないから……どのような形の物かは、わからなかった。切れ味はきっと、すごく悪い。だってこれは、武器じゃないのだ。
今から切るのは、紙ではない。
だから、せめて苦しませないように。渾身の力を込めて、勢いよく両の刃を交差させる。
ガチリと音が鳴り、二枚の支点が強く組み合わさる。その刃先は、互いに噛み合いながら火花を上げて五条の首へと食い込み、骨を砕いて斬り飛ばした。
ジャキンッ!
音が響いた。嫌な感触と共に……きっと、一生忘れられない音が。
闇の庭園に、パッと真紅の薔薇が咲く。
宙を飛んだ頭は、まるでボールみたいに跳ねて、数メートル先の花壇へと落っこちた。もたれかかっていた首なしの身体が倒れ、ゆっくりとドス黒く血の輪が広がっていく。血は、チロチロと燃えていたジッポーの火を舐め、焦げるような匂いと共にかき消した。
遠く月夜に、満天の空の星に、まるで一枚の絵みたいにドゥンケル城は影を映している。
それから、どれくらいたったのか……。
わき腹を貫く強烈な痛みに耐えかねて、睦月は呻きながら倒れた。
「ムーちゃんっ!」
華音が慌てて駆け寄った。睦月は顔をしかめながら言う。
「これはちょっと……洒落にならないです……やばい。かなり、やばい」
それから、ケンゾーの方をみやる。
「ケンゾーさんは……ダメそうかな……うああっ!」
「ムーちゃん! 大丈夫? 大丈夫じゃないよね? 大丈夫なわけないし! どうしよう、どうしよう!」
九月に入ってから目の回るような忙しさで、なかなか更新できずにすみません。




