交差
と、不意にケンゾーが、そんな睦月の思いを映し取ったかのように深く息を吐いて、呼吸を止めた。
静寂が辺りを支配する。そのまま、数秒が経過した。
五条が、突然。まるで散歩でもするみたいに、平然と歩き出す。
それを見て、ほう、と。
ケンゾーが息を吐いた、その刹那。五条が一足飛びに地面を蹴り、ナイフを横薙ぎに叩きつけた。
一瞬、ケンゾーの方が遅かったはずだ。それでも、刀のリーチと振りのスピードが上回っていたらしい。
ほとんど同時に白刃が交差する。
ケンゾーの刀が五条の首へと伸び、血の軌跡が描かれる。
同時に、五条のナイフがケンゾーの首筋へと突き立てられた。
どさり。倒れ伏したのは、ケンゾーだ。その体の下に、血溜りがジワリと広がっていく。
五条の首筋からも大量の血が流れ出る。
模造刀の一撃が、首の肉を抉ったらしい。だが、生きている。
ほとんど切れ味のない模造刀は、命を断つには至らなかった。
彼の皮膚と筋肉を、えぐり飛ばしただけだったのだ。
五条は、まるで痛みすら感じていないようにケンゾーの襟首をつかみ、上半身を引き上げると、その顔へと真っ直ぐにナイフを突き立てた。
抉るように、何度も何度も手を回転させる。
グチャグチャと生々しい音が辺りに響く。
それから、大きく満足そうに頷くと、振り返り、嬉しそうに笑った。
返り血に塗れた、壮絶な笑みだった。
「ふ。ふふふふ。また、一人。ケンゾーさんも……ねえ? いい顔してますよ、ほらぁ!」
掠れた声で言って、まるでよくできた作品でも見せびらかすみたいに、自分の手の中のケンゾーの顔を睦月へと傾けた。
それを見て、睦月は胃液がこみ上げてくるのを感じる。
「……ぐっ!」
(ひ、ひど過ぎるぞ……! 意味がわからない。何が起こってるんだ、これは!?)
背筋を嫌な汗が伝う。五条は、完全に狂っている。
なのに、表情も、口調も、瞳の中の光でさえも、いつもの彼と変わらない。
ただひとつ。その顔が青白く、首筋からは血がどくどくと一定のリズムで絶え間なく噴き出している以外は。
それが、逆にとても恐ろしい。
睦月は立ち上がる。そして、五条の顔を見据えて言った。
「その怪我じゃ……あんた、じきに死ぬぞ!」
五条は、不思議そうな顔をして答える。
「……死ぬ? ええ、死ぬでしょうね。しかし、それが何か?」
にこやかに笑った。
まったく死ぬことを気にしていない。そんな態度だ。
それから一度咳をして、地面に血を吐いた。ナイフを構える。
「さて、君の番ですよ。準備はいいですか?」
ゲームのルールでも確認するみたいな、そんな軽い口調だ。
(……知ってるのか? ここの秘密を? こいつも同じ否死者なのか!?)
考えてる余裕はなかった。睦月は、ゆっくりと両腕を上げ、構える。
格闘技の経験なんて、一度もない。殴り合いの喧嘩だって、数えるほどだ。
ましてや、ナイフを持った相手に立ち向かうなど、生まれて初めての事だった。
それでも、やらなければならない。
他の誰のためでもない、今、背後で泣きながら震えている華音のために。
そんな思いに、全身が緊張で粟立つ。
それが五条にも伝わったのか、その切れ長の目がスッと細くなった。
そして、今、まさに五条が一歩を踏み出そうと、その足を上げた瞬間。




