閃き
夜の園内をひた走る。
なんとなく、どこにいるのか予感があった。
考えてみれば、妙なのだ。
今までの襲われ方……芽衣子にしても、橘にしても、睦月と話をしたその日に、会話に因んだような殺され方をしている。
共に休憩を取り、食事をし、世間話をした。誰が聞いているかもわからない、食堂の中での他愛無い会話だ。
だけど、いつも必ず側にはヘルメットが、インカムがあった。
睦月は足を止める。
月影庭園の花壇の中央。
満天の星空の下で、蒼い月の光を浴びるようにして五条は立っていた。
相変わらず人間離れした、人形のような美しい顔で、目を閉じている。
夜の暗い光の中で、そうやって無表情で立ち尽くしていると……本当に、作り物みたいに綺麗な顔立ちだった。
睦月は息を落ち着けようと深呼吸する。すると、あれほど全力で走った後だと言うのに、まるで嘘みたいに呼吸が落ち着く。
「五条さん」
睦月の呼びかけに、五条の目がすっと開く。
「おや? 睦月君。……ううん、やっぱり顔色が悪い。帰って休んだ方がいいですよ」
「……月の光のせいでしょう。あんなに真っ青だもの。五条さんこそ、こんな所で何を?」
不意に、五条の足元でガサリと音が鳴る。
見ると、そこには手足を縛られ、目隠と猿轡まで施された華音の姿があった。
「先輩!」
「んーっ!」
睦月の声が届いたのか、華音は首を振り、必死に何かを訴えている。
「先輩……今、助けてあげますからね」
「ん? んー!」
しかし、華音は嫌々するように首を振り続ける。
ツンと、鼻に刺激臭が匂った。
五条は、ニコリと笑って言う。
「彼女にも、この付近の薔薇にも、たっぷりとガソリンが撒いてあるんです。近寄らないほうがいいですよ」
同時に、懐からジッポーのライターを取り出して火をつけた。
赤い炎が風にあおられて、チロチロと長くたなびく。
五条は、同情するように呟いた。
「かわいそうに。生きたまま焼く気なんて、これっぽっちもなかったのに」
睦月は、ゴクリと喉を鳴らして問いかける。
「五条さん。なんで……こんな事を、するんですか?」
五条は大きく息を吐く。
「……なんでだろう」
それから、笑って言った。
「あの夜、君に言われて……気づいてしまったからかなぁ」
そして、ゆっくりと後ろに歩き、石畳へと降り立つ。
次の瞬間。
火の点いたジッポーをひょいっと、華音へと投げつけた。
「先輩っ!」
慌てて覆いかぶさるように華音の上へと飛び込んだ。
ガソリンでずぶ濡れの華音を守るように、身体の下にかき抱く。
火が燃え移れば、二人とも一瞬で火達磨になってしまうだろう。
(こんな隙間だらけの鎧なんか……きっと、なんの意味もないな)
バカなことをしてしまったと、後悔が強く胸を貫く。
それでも、華音だけは守りたかった。せめて自分の体が燃え尽きたって、彼女だけは、この世界で生き残って欲しい。そう思って、小さな身体を抱え込む。
逃げてる暇はなかった。目の前を、ジッポーの炎がゆらめき横切る。
そして、地面に届くかというその刹那。
ギン! と。逆袈裟に、白い光が瞬いた。
途端、ジッポーは空高く舞い、庭園の石畳へと音を立てて滑り落ちる。
一拍、遅れて。冷や汗が、ドッと吹き出る。気化したガソリンに引火しなかったのは、奇跡に近い。
振り向くと、そこにいたのはケンゾーだった。赤い武者姿ではない。灰色のコートに、抜き身の模造刀を持っている。慌てて華音を抱き寄せて、花壇の中から睦月は叫ぶ。
「ケンゾーさん!」
「華音ちゃんをこっちへ!」
縛られ、自由のない華音の身体を引きずるようにして薔薇から引っ張りだすと、手足の枷、猿轡と目隠しをかきむしるように外す。
咳き込みながら華音は言う。
「けふっ……ムーちゃんっ!」
「先輩! 大丈夫ですか! 痛くない? 息、できます?」
華音は涙に濡れる瞳で睦月を見上げ、それから鎧の胸に額をくっつけて、わあわあと子供みたいに泣きはじめる。
睦月は、あやすようにその背を叩きながら、青い月の光の中で、平然と立ち尽くす五条を睨んだ。
五条が懐からナイフを取り出す。それは、長い刃渡りと鋭い先端を持った凶悪な得物だ。
その前に、二人を守るようにケンゾーが模造刀を構えて立ち、呻くように言った。
「睦月君……いや、睦月。わしがダメだったら……いや、きっとダメだな……お前、頼むぞ!」
「ケンゾーさん?」
驚いて顔を見上げると、ケンゾーは額に幾筋もの汗を流している。
「せめて、手負いにはするつもりだが……あいつ、強いな。くそったれめ、若造のくせに、根性座りすぎじゃろ! まったく緊張しとらんなぁ」
苛立つようなその言葉の合間、緊張の度合いを指し示すように、ケンゾーの浅く、荒い息が断続的に繰り返される。
ぜいぜいと、辛そうな呼吸音が。それを見て、睦月は思った。
きっと、これが普通なのだろう、と。全力で走れば息は荒く、汗は噴き出し、動悸は収まらない。
汗ひとつかかず、息も乱れず、心臓の鼓動さえ平時と変わらない、今の自分の身体が異常なのだ。