真犯人
聞き終わった睦月は、すっかり冷めたコーヒーを飲み干すと、手の平で顔を擦った。
「つぐみちゃん、上のお名前おしえてくれる?」
「苗字のことだよね……? 御来屋……御来屋つぐみ」
「あー。……やっぱりな」
(ケンゾーさん……お孫さん、ここにいるよぉ!)
睦月は、つぐみの髪の毛を梳かすように、手でやさしくなでながら言う。
「安心して、つぐみちゃん。すぐにおじいちゃんに会わせてあげるから。それと……君はずっと暗い棺の中にいて、出てきたのは一昨日なんだよね?」
つぐみはこくりと頷いた。
「そうよぉ……ずっと暗くて狭い所にいたの。目が覚めたら、棺の蓋が開かなかったのよ……。きっと、蓋の上に土がかぶさって、開かなくなっちゃったんだわぁ。そのうち息が苦しくなって……つぐみ……つぐみぃ……」
途端、つぐみの目が潤み、声が続かなくなる。
「あー! ごめんね、辛かったよね?」
(やっぱり、芽衣子さんと橘さんの件には無関係か。……それにしても、何ヶ月もずっと暗い棺の中って……やりきれないな)
つぐみは真っ赤な顔でスッと目を伏せて、首を振りながら言った。
「ううん……大丈夫。つぐみ、ぜんぜん辛くはなかったのぉ……っ!」
「……つぐみちゃん」
(なんて気丈な子なんだ……さすがケンゾーさんのお孫さんだな)
睦月は大きくため息を吐く。
「つぐみちゃん……もうひとつだけ、確認させてくれないかな」
「なあに?」
「君を襲った怪物は、仮面をつけていたんだね?」
つぐみはゆっくりと頷いた。
「ええ、つけてたわぁ。とっても……とっても綺麗な仮面なのぉ……」
睦月はもうひとつ、ため息を大きく吐いて、立ち上がった。
決定的だ。
心当たりは……一人しかいなかった。
とにかく、急いだほうがいい。
そう思って、睦月はインカムのスイッチを入れて耳にはめた。
「……五条さん。今、ちょっとよろしいですか?」
すぐに五条の声が聞こえる。
「はい、どうかしましたか?」
「今、園内にメインキャストって何人残ってますか?」
すぐに答えが返ってきた。
「園内にいるのは一人だけです。華音さんだけですね。後は全員、更衣室にいます」
睦月は少し勢い込んで言った。
「確かに、一人だけなんですね? 先輩……一ノ瀬華音は、どこにいるんですか?」
「ノクターンの湖ですよ。今日は人手が足りないので、彼女にも最後の見回りをしてもらっていたんです」
「では、インカムを通して、すぐに戻ってくるように伝えてください」
しばしの沈黙の後、焦ったような声が聞こえた。
「おや……? おかしいですね。応答がありません」
戸惑った響きの声だった。睦月は弾かれたように部屋を飛び出し、駆け出した。
しょぼくれていたつぐみが、慌てて追いかけようとする。
「おにいちゃん!」
「ごめんっ! つぐみちゃん、そこで待っててくれ!」
鎧を鳴らして通路を必死に走り、息を切らして辿り着いたその場所は……そこは、ノクターンの湖ではない。扉を、ゆっくりと開ける。
眼前には、無人のオペレータールームがあった。
誰もいないブースをみつめながら、インカムに再度問いかける。
「一ノ瀬華音は、どこにいますか?」
「ナビの表示は、ノクターンの湖です!」
闇の中、光るモニターのマップの湖には、確かにキョンシーマークが跳ねている。
だけど、きっとそこに彼女はいない。
「くそぉ!」
インカム外すと、怒りをぶつけるように叩きつける。
いたのだ。
園内にいても怪しまれず、施設の隅々まで知り尽くし、すべてのキャストの動きをリアルタイムで把握して自由自在にに動かして、一般スタッフのマニュアルにさえ精通している人間が。
確か、彼は言っていた。
二十年以上も前のOSを使っている、と。
今時のスマホの方が性能はずっといい。……その言葉は、きっと正しい。
彼は、OSを丸ごとコピーして持ち歩いていたに違いない。
「おい、どうした!?」
不意に、声をかけられて振り向く。そこには、驚いた顔の詩桐が立っていた。
「どうしたんだ? お前ひとりか? 五条の野郎は、どこへ行きやがった?」
「五条さんが……今度は先輩を襲うつもりだと……」
後半は言葉にならない。詩桐の顔色が変わった。
「えっ!? あいつが……? な、なんで。だけど、わかった! すぐに他の奴らを集めるから、ここで待ってろ!」
詩桐の言葉を聞きながら、睦月は唇を強く噛んだ。
(待ってなんかいられない。それじゃ、間に合わない!)




