冬休みが終わったら
休憩時間は華音と過ごした。中華饅頭を十個も持ってきた華音と、食堂の椅子に座る。
華音は桃まんを、もぐもぐとおいしそうに食べながら言う。
「ねえ、ムーちゃん……冬休み終わったら、どうするの?」
「どうするって、三学期がはじまりますよ」
「もう! そういうことじゃなくって! ここのお仕事!」
「え、そりゃ、とりあえず辞めますよ。だって、開園時間に間に合わないでしょう?」
華音は寂しそうに眉を寄せると、言った。
「あの……一応ね、うちね、夕方の四時からとか、六時からってシフトもあるのよ……」
「うーん。ちょっとキツいですね。確かにお給料はいいですけど、学校がはじまると早起きしなきゃならんので」
(閉園時間が夜十時、見回りに三十分。休み中は、朝の九時まで寝てられる。学校が始まると七時起き……着替えて、帰って、食事もして……あ、シャワーも浴びたい。いやぁ、普通に無理でしょ。バイト続けながらとか)
肉まんを口に押し込みながら難色を示す睦月に、華音はなおも食い下がる。
「もうちょっとだけ、一緒にお仕事できないかなぁ? ……月影庭園がね、もう少し暖かくなったら、綺麗なんだよぉ……。深夜の月光の中、燃えてるみたいに真っ赤な薔薇が咲き乱れてさ、庭園の真ん中に広場があるじゃない? あそこでね、宴会やるのよ」
「営業時間の後にですか?」
「うん、そう。うふふ、秘密の宴会。メインのみんなだけじゃなくて、昔、ここで働いてた人とかオーナーとかもね、一緒に料理広げてドンチャン騒ぎ!」
「それ、次の日仕事になるんですか?」
「そこはそれよ。色々とあるわけ」
「……色々? まさか、物騒な方法じゃないでしょうね?」
「うん? うふふふ」
意味ありげな笑いを浮かべて、華音が言う。
「本当に、綺麗なんだよぉ……。あたしも、あともう少しでお酒が飲めるようになるし……楽しみなんだ」
幸せそうに笑う顔と、小柄な体を見て睦月は思う。
(っていうか、体はほとんど成長してないんだから、アルコールはまずいんじゃ……?)
「そういえば、先輩の誕生日ってもうすぐでしたね」
彼女の誕生日は一月十五日である。華音は、桃まんを飲み込んで頷いた。
「うん。……ムーちゃん、なにくれるの?」
「そうですね。服とかどうですか? 新しいコートとか……?」
華音の部屋に掛けてあった袖口がほつれたコートは、記憶が確かならば三年前にも着ていたものだ。
「うわあ! 洒落たもの考えるようになったじゃないの!」
華音は嬉しそうに鼻を鳴らし、それから夢見るような目で言った。
「ねえ、覚えてる? あたしが十歳の誕生日にくれたプレゼント」
「え? ……俺、なにかさしあげましたっけ?」
「キスよ! ファースト・キス!」
「…………はあ?」
思わず睦月は目をしばたたかせた。華音は嬉しそうに続ける。
「ムーちゃんがさ、あたしのお母さんが買ってきたチーズケーキ、二つとも食べちゃったじゃない? それであたしが怒ったら、じゃあ、僕はお姉ちゃんにはじめてのチューあげるーって……可愛かったなぁー」
「……いや。そうでしたかね」
確かに、言われてみればそんな記憶があるようなないような……あやふやな感じだ。
(すっかり忘れてた……っていうか、そういうのはファースト・キスって言えるのか?)
てっきり、芽衣子に奪われたのをファースト・キスだと思ってたわけだが、一応はその前があったわけだ。だが、レモンをしぼったからあげ味とチーズケーキ味、どっちが上かと問われれば、どっこいと言わざるを得まい。
華音が、少し鼻にかかった甘えたような声を出す。
「あれ、本当に嬉しかったんだ。……また、欲しいなぁ」
「普通、ファースト・キスは一度しかあげれませんよ」
「ううん……。そういうことじゃないんだけど……」
なぜだが華音は真っ赤な顔でうつむいて、桃まんの敷き紙を小さく折りたたみ始めた。
「先輩、それ。行儀悪いからやめたほうがいいですよ。……そういえば、ちょっと相談なんですが。夜になると、顔色が悪いってみんなから言われるんですよ」
「そりゃ、お化粧しかないわよ。ファンデーションよ。あとは、深央さんみたいに日焼けするとか」
「ああ、なるほど……」
「ムーちゃん、詩桐さんと肌の色が近いから、少しわけてもらったら?」
「また、詩桐さんか……」
(確か、部屋で使ってるジャージも彼女の借り物だったよな)
華音は懐からポーチを取り出しつつ、言う。
「他にもチーク……頬の上に、ちょっと紅を乗せたりとかね。口紅も色の薄いのを持ってた方がいいわね。否死者の必須品だから、こういうポーチはひとつ持って色々入れておくと便利よ。安くて肌の荒れないメーカーとかあるから、あとでリストあげるね」
「……はあ。ありがとうございます」
(なんか、女子中学生の会話みたいだ。まさか、自分が化粧品を持ち歩く日が来るとはな……)




