人と怪物
次の日、睦月は例の真っ黒な甲冑を着て園内にいた。
あれから詳しく調べてみたが、さすがは元メインキャストの衣装らしく、中々凝った作りになっている。篭手も指先まであるタイプだし、パーツも細かく分かれていて、装飾も多い。
なんでも、十年以上も前に辞めたキャストの衣装らしい。
腰の辺りに湾曲した刃物が二本、収まっている。それを組み合わせて大きなハサミを作り、女エルフの相方と二人で、殺陣を交えた紙切り芸をしていたそうだ。
ヘルメットは、あまりにも不気味なので外してある。インカム無線を耳につけているが、当然素顔だ。
この状態で、「俺、リビング・メイルです!」と言い張るには、かなり無理があった。
一応、睦月なりに脇役っぽい顔を一生懸命にしていたつもりなのだが、客の中には新しいメインキャストだと思って話しかけて来る者も多数おり、写真をせがまれたり、どこのアトラクションに所属しているのか聞かれたりと、大変だった。
「橘さん、あれだけの人数を悠々と捌いてたわけだから、やっぱすげえんだなぁ……」
件の橘は、年末のイベントには復帰したいと話しているそうだ。
右手がなくてどうするのかと思ったら、渋い顔で、「いざと言う時には裏技があるのだ」と言っていた。なんとなく嫌な予感がしたので、詳細は聞かない。
芽衣子の方は、喋れない以外は問題がないので、本日のパレードには復帰するらしい。彼女を襲ったのが外部の人間ならば、元気に手を振っている姿を見て、さぞ肝を潰す事だろう。
ケンゾーは、今日も来なかった。
不思議なもので、新聞には従業員の行方不明事件と書かれていたにも関わらず、客の入りはまずまずと言った所だ。逆に、「空いているから楽しめる」と思うのかもしれない。
まあそれは客視点の話で、連続殺人ミステリーを日常にされた睦月達にとっては、たまった物ではないのだが。
「……まあ、他のテーマパークだったら、こうはならないよ」
そう、呟いてみる。幻想と怪奇。生と死の狭間。
不気味なニュースや噂さえも、ある種スパイスとして内包してしまう。
だが、実はそれが作り物の設定ではなく、現実の存在なのだと、この園内にいる何人が知っているのだろうか?
「どうしたんだ? 今日は鎧が変わってるな」
と、後ろから声をかけられて、睦月は振り向く。そこにいたのは転……例の、昔の海外ドラマとやらに憧れてる、トレンチコートの刑事だった。
「ええ。前の衣装は壊しちゃいまして」
「お前さん、昨日はいなかったな」
「刑事さんって、毎日遊園地で遊んでて大丈夫なんですか?」
皮肉をこめてチクリと一言。
だが、転はまるで気にした様子はなく、懐からタバコを一本取り出す。
「こう見えても、俺はかなり偉いんだ。遊んでても給料が出るくらいにはな」
「はあ。そうなんですか」
(……それ、窓際なだけじゃないの?)
タバコを口に咥えながら転は言う。
「御来屋賢三の居場所は知らんか?」
「わかりませんね」
睦月は知らず、つっけんどんな言い方をしていた。どうも、ストレンジ・ワールドの裏を知ってからというもの、外部の人間に対して妙な警戒心が働くようになってしまった。
だが、ここは誰でも自由に遊べるテーマパークである。
それに、サボりの刑事とは言え、一応はゲストなわけだし……と思い直し、慌てて取り繕う。
「えっと。ケンゾーさんって、どういう人なんですか?」
「……なんだ。同僚なのに知らんのか?」
「俺、高校生なんで。冬休みだけのバイトなんですよ」
転は、ガリガリと頭をかき回してから言った。
「|御来屋賢三、六十五歳。元外科医だ」
「えっ! ケンゾーさん、医者だったんですか」
「元な。十年以上前にやめてるらしい。ここで働き始めたのは七年前からだ。ついでに言うと奴さん、居合いの達人で全国大会にまで出てる。八段範士だってよ。……なあ、どう思う?」
「さあ? ……言いたい事が、よくわかりませんね」
転は、ふっとタバコの煙を吹く真似をしつつ、言った。
「まあ、簡単に言うとだな。ようは、奴さんは人の身体に熟知してる上に、すんげえ強いってことだ。それこそ、人体をなます切りにできちまうくらいにはな」
「まさか、それとお孫さんのこと……それくらいの理由で疑ってるんですか?」
「……他に、どんな理由が必要なんだい?」
「人殺しだと疑うには、根拠が弱すぎます」
転は、面白そうに睦月の顔を見回す。それからタバコを懐にしまい、ぼそりと呟いた。
「人殺しの理屈なんてな、本人にしかわからんもんさ。だって、人を殺していい理屈なんてのは、普通の社会には存在しないんだからな。殺人者ってのは、いわば怪物だよ」
「……人は、人でしょう。怪物じゃない」
転は皮肉っぽく唇の端を持ち上げると、鼻を鳴らしてから行ってしまった。




