ふとん
睦月は普段寝る時は、部屋の明かりを完全に消し、真っ暗にしている。だから、こんなに明るくてはいまいち眠れない。
それに加えて、年頃の女性と一緒に寝るなど、初めての経験であった。いつもと違う毛布の匂い、耳の横で聞こえる他人の息遣いに、目はギンギンと冴えに冴え渡っている。
と、突然。足に細い物が絡んだ。華音の足だ。
「ムーちゃん? 寒いでしょう、もっと湯たんぽにあたりなよ!」
淡い光の中、心配そうな彼女の顔。言いつつ、華音が足を太ももに絡めて引っ張ってきた。
「……い、いや。いいです」
「よくないわ。ほら、こんなに冷たくなって……」
「は、はあ。それじゃ、ちょっとだけ……失礼します」
(うーん? ……冷たいのは、否死者だからじゃないのかな?)
そんなやり取りをしているうちに、湯たんぽの熱でベッドの中は徐々に暖かくなってきた。その暖かさに引っ張られるように、睦月も少しずつ眠気へと落ちていく。
と、突然、顔にミントの香りを感じて薄く目を開ける。間近に、華音の顔があった。
思わず睦月は息を止める。ミントは、彼女の使っていた歯磨き粉のものらしい。
慌てて身体を離すが、すぐ後ろは空中だった。睦月のスペースはもう、ほとんどない。
(先輩……マジで遠慮もへったくれもないなぁ。子供の頃のまんまだ)
と、華音が寝返りを打ち、その肩が、どさり。
睦月へともたれかかった。もう完全に睦月の事を布団の一部だと思ってる状態だ。
「あ……あの……先輩?」
睦月は声をかけるが、華音は口から涎を垂らして完全に寝入っている。人よりかなり長めの睫毛が、寝息にあわせて震えていた。
「くか……かぁー……」
「……寝てるわ」
手で掴んで、ゆっくりと向こう側へと押し戻す。
(ほ……細っこいなぁー)
完全に手の平に収まるサイズの肩だった。毛布の中の胸もひかえめで、足も折れそうに細い。
同じ女性でも、肉感的でフェロモン全開の芽衣子とまったく違う身体だ。
(もっとこう……二十歳って、大人の女って感じだと思ったけど……)
華音の前髪をかきあげて、オレンジ色のライトに照らしてみる。
幼いと言い換えてもよいほどのあどけなさだ。
なにかいい夢でも見ているのか、幸せそうに薄ら笑いまで浮かべている。
「……考えてみれば先輩って、十六かそこらでここに入ったわけだよな。もともとあんまり発育よくなかったし……高校生からここで暮らしてバイトしてるって言ってたし。その時から三年も成長が止まってるわけで……?」
のん気な寝顔を見つつ、大人の女に成長した華音を想像してみる。
「うーん……よくわからん」
まったく想像がつかない。
「……月給、いくら貰ってるんだろうなぁ。ちゃんと食べてるのかなぁ?」
物がほとんどない部屋で、呟く。
「……先輩、あと何年ここで働くつもりなんだろ」
「ムーちゃ……」
「う? は、はい! なんですか?」
声をかけるが、反応はない。どうやら、寝言だったようだ。
不意に、華音が辛そうに顔をしかめる。そして、その目から涙が流れた。
睦月はため息を吐き、彼女の頬を指で拭う。
(……三年もたってるのに。この人は、なんにも変わってないんだよなぁ)
まるで、本来なら決して埋まるはずのない、自分と彼女の年の差さえ埋まってしまったような。
そんな複雑で、なんとも言えない寂しい気持ちに囚われる。
(あるいは……変わっては、いけなかったのだろうか?)
もしかしたら、ここはそういう場所なのかもしれないと。そう、思った。




