就寝
「寝るための用意をするから」と言い、部屋を出て行った華音は、手に大きな猫のぬいぐるみを持って帰ってきた。
「それ、なんですか?」
「これ? 湯たんぽよ。夜は寒いから布団に入れるの。あたし達って体温低いし、特にね」
受け取ると、確かに暖かい。その温かさがじんわりと身に染みる。ちゃぷりと中で水音が鳴った。
「さ、それじゃ寝ましょ」
そう言ってベッドに入ると、華音は自分の横をポンポンと叩いた。
「……はあ?」
「だから、寝ましょ。電気消すから、こっちに来て」
「な、ななな、なんで俺が、そっち行かなきゃならんのですか?」
「なんでって……他にベッドないもの」
睦月は気づいた。華音は一緒に寝ようと誘っているのだ。てっきり、他の部屋に寝床くらいあるものだと、それを用意しに出て行ったのだと思っていた睦月は、思いっきり焦る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 一緒に寝るのはまずいです!」
華音は、その言葉にへらへらと笑う
「ふふ? ……なにがまずいの? 昔はよく一緒に寝たじゃない?」
「何年前の話ですかっ!」
「それに、昨日も一緒に寝たんだよう」
「ええ!」
(そ、そういえば、今朝は先輩のベッドで目が覚めたんだった……)
「い、いやっ! それでも、ダメですって! やっぱりまずいですよ!」
「えっ? イヤなの……? あたしと一緒に寝るの、そんなにイヤ……?」
睦月の『嫌』と言う言葉に、途端、傷ついた顔をして華音は泣き出した。
「い……いや……そんなにイヤって言うか……」
(ああ、もう! これだよ……だから逆らえないんだ。にしても……段々思い出してきたっつーか……先輩、昔の調子に戻って図々しくなってきたなぁ)
彼女の『おねがい』は、本人には悪気も自覚もないだけに、とんでもなく強い。もしもここで強引に部屋を出て行けば、今後一週間は、華音は睦月の顔を見ただけで涙目になるだろう。
「わ、わかりました。……わかりましたから、もうちょっとそっちに寄って、スペース作ってくださいよっ」
途端、華音はにへらっと相好を崩して、鼻を啜り上げる。
「ぐすっ、えへへ。……電気、夕方にしておくからね」
そう言いつつ、スイッチを操作する。部屋は豆電球の淡い、オレンジの光に包まれた。




