犯人は誰?
「……じゃあ、一連の事件って、誰がやってるんでしょう」
「わからないけど……。でも、芽衣子さんも橘さんも、気がついたら死んでたって。痛いとすら感じなかったって言ってたわ」
「ますますわかりませんね。死んでもすぐに生き返るなら、殺す意味はまったくない!」
それは、究極の理不尽殺人だ。睦月は呟く。
「だとすると、『ここの秘密』を知らない一般人が犯人か……?」
「それって、外から変な人が入ってきてるって事だよね?」
「ええ、まあ。そういう事になります」
華音は、少し考えるように小首を傾げる。
「だけどさぁ……芽衣子さんはともかく、ムーちゃんや橘さんが襲われたのって、どう考えても閉園後だよ? スタッフのみんなも見回りしてたのに、一体どこに隠れてたんだろ……?」
睦月も考える。閉園後に睦月やケンゾー達が行う見回りは、実は形式的な物にすぎないのだ。
実際には、その前段階……各種の乗り物や、アトラクションの終了と同時に、清掃員やメカニック、一般スタッフ達が、残っているゲストがいないかの総チェックをする。
もしも施設にトラブルや、怪しい人物がいたならば、その際、何らかの報告があるはずである。
しかも、今は連日の怪事件によって、スタッフの気も張り詰めている。
仲間内に見慣れない顔がいれば、すぐに確認があるはずだし、何処かに隠れてやり過ごすにしても、ワンフロア数十人規模からいる彼らの目を掻い潜るのは、かなり無茶な条件に思えた。
睦月は言う。
「じゃあ、閉園後に誰かが忍び込んだ……?」
一般スタッフの退去後であれば、ストレンジ・ワールド内は死角だらけだ。
正体不明の殺人鬼が塀を乗り越え忍び込み、人を殺して身体の一部を持ち去って行く……死体をパレード車に吊り下げたり、バラバラにして時計塔に飾ってみたりといった、いかにもそういう猟奇的な、殺人鬼に相応しい怪人物像だ。
しかし、華音は首を振る。
「ううん。ムーちゃん、知らないと思うけど。ストレンジ・ワールドの周りってね、高いセンサーフェンスが張り巡らしてあって、人が乗り越えたりイタズラすると、すぐにオペレータールームのシステムや、オーナーのスマホにアラームが鳴って表示されるのよ。誰かが外から入って来たなら、わからないはずがないわ」
「なるほど……。やっぱり、入場料取ってるだけあって、その辺りは厳しいんですね」
となると、原則的に出入り口は正面ゲートだけ、と考えたほうがよさそうだった。
華音は天井を見上げ、その向こうの園内へ、思いを巡らすように言う。
「あとはもう、一般スタッフや清掃のマニュアルを完全に熟知してて、巡回やチェックの時だけ別の場所に隠れてて、今もこの上に息を潜めているとか……?」
そこらの茂みは言うに及ばず。ドゥンケル城内、クーロン・ストリート、紅息吹邸に時計塔、カロンの渡し舟の中まで……スタッフの動きを把握して、流動的に移動し続ければ、一瞬一瞬ならば、目を欺ける死角は無数にある。
昼はゲストに紛れて園内で遊び、夜はスタッフやキャストの目を掻い潜り、人を殺してはアトラクションの施設に隠れ、夜明けを待つ。
……ずっと傍に居るのに、誰の目にも留まらない、印象にも残らない。まるで、幽霊である。とんでもなく気味の悪い犯人像だ。
そんなのならば、正面きってナイフで襲い掛かって来られた方が、心構えが出来る分、幾分マシと言うものだろう。
自分の想像に、華音が身震いしながら呟く。
「まさか、噂の隠し部屋が本当にあったりして……? うう……怖いなぁ! そんなの、お客さんも危ないよう……。食べ物だって、その気になれば屋台や厨房からいくらでも盗めるし……ほんとに誰か住んでるのかなぁ?」
睦月は、小さく震える華音の横に座り直すと、勇気づけるように言った。
「先輩! 俺、犯人が捕まるまで、できる限り園内を見回ります!」
「……ムーちゃん、明日は出てくれるの?」
睦月はしっかりと頷きながら答える。
「はい! 悩んでても仕方ないですし。オーナーがストレンジ・ワールドを休園する気がないんでしたら、結局は園内で俺らが見回るのが一番の抑止力になります」
そう言って、ちらりと部屋の隅を見た。
そこにはあの、趣味の悪い鎧一式が置いてある。
「ムーちゃん、かっこいい! えらいわ!」
華音は嬉しそうな笑顔になった。
それから、机の上に置いてある、ギョロリと眼球が覗く例の兜を指を指して言った。
「……でも、あの怖いお面はダメだからねっ!」




