謝罪
睦月が華音の部屋に戻ると、すでに彼女は帰っていた。ピンクのパジャマを着て、椅子に座って本を読んでいる。
机の上には、ラップをかけた丼が二つあった。
「あ、お帰り! ムーちゃん」
「……ども。おつかれさまです」
さっき蹴られた腹部が痛む。
思わず手をやって後ずさるが、華音はまるで気にしていないようで、平気な顔している。
「晩ごはん、食べるよね? 今日は五目チャーハンよ」
「ええ」
言いつつ、受け取る。華音がベッドに腰掛けたので、睦月は椅子に座って食べ始めた。
そうして二人で食事をしていると、おずおずと華音が口を開いた。
「……あのね、ムーちゃん」
「はい?」
「本当にごめんね……」
「ああ……はい。大丈夫です! まだ、ちょっと痛いですけど。内臓は無事なので。ほら!」
そう言って腹を叩いて、ガツガツとチャーハンを食べて見せる。しかし、華音はきょとんとした顔で首をかしげた。
「んんっ? ……えっと。そっちじゃなくて。その身体のことなんだけど?」
「あ。ああ……忘れてました」
「忘れちゃダメだよう! あたし、今、なんにも持ってないけど……してほしい事があったら、なんでも言って! がんばるから!」
華音は睦月に、がばっとすがりつく。
睦月は、華音の頭を片手で押し戻しながら言った。
「いやぁ、別に。いいですよ」
「……いいって、どういうことよ?」
「だから、いいです。もう、忘れましょうよ。野良犬に噛まれたと思って、俺も忘れます」
「忘れるって……ムーちゃん、二度と戻れないんだよう?」
「ええ。だからですよ。戻れないなら、考えたってしかたないじゃないすか」
そのまま、華音は固まった。
睦月は首をかしげて、食事を再開する。たっぷり数分がたった後。
華音が、唐突にボロボロと泣き始めた。
睦月はびっくりして、慌てて尋ねる。
「ど、どうしたんですか!?」
「だ……だって……ムーちゃん……すごい冷たい。……怒ってる」
「ち、違いますよ! ちっとも怒ってないじゃないですか!?」
「怒ってるよう! そもそも、そんな身体にされて怒ってないわけないよう!」
「いやいや! 怒ってないって言ってるでしょう!」
「ほらぁ! やっぱり怒ってる! 大声あげてる!」
「ああ、もう! わけがわかんないなぁ!」
めそめそと泣き続ける華音に、つい強い調子で詰め寄る。
「もう、気にしてないって言ってるのにっ!」
「じゃ……じゃあ、なんかワガママ言ってよ!」
「……わ、ワガママぁ?」
(また、面倒な事を……)
どうやら華音は、自分の罪悪感を和らげるため、睦月に何か要求して欲しいらしい。
とは言え……彼には、金や物で片をつける気なんてなかったし、借金を背負ってる華音に、いまさらスクーターをねだる気にもなれない。
しかし、華音は泣き止まない。
「うう……あたし……どうしたらいいのぉ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……ええと……」
(こんなんじゃ、どっちがワガママ言ってるんだかわかりゃしないな……。しかし、困ったぞ! 先輩の事だから、適当に水に流そうとしても、余計に気に病んで泣き続けるだろうな……。かといって、無理な要求しようものなら、本気で叶えようとして怪我でもしかねない!)
子供の頃の思い出が蘇る。
お子様時代の華音は、ニコニコ笑って恐ろしい事をさらりとしでかす、無茶と可愛らしさが同居したような、そんなとんでもない女の子だったのだ。
あの頃のように、己のうかつな一言で、無駄な蛮勇を発揮されてはかなわない!




