中華な晩飯
食堂は、夜の九時で終わってしまう。だから、今は無人だ。
人のいなくなったフロアは、節電のために電灯を半分落としていて、薄暗い。
まだ、華音は来ていないようだった。睦月は、机の上のパンフレットを手に取って開いた。
園内マップに、アトラクション、キャストの紹介。
「へえ。まだ話してないキャスト、結構いるんだな……」
確か琴羽は、メインキャストは八人だと言っていた。
キャストのページを見ると、キョンシーの華音もそれに含まれている。
サキュバスの琴羽、ワーウルフの詩桐、アルラウネの芽衣子、それに雪女とヴァンパイアは、ちらりと見かけた。
「ええと、まだ会ってない人は……カロンの船守と……炎の魔人イフリート。ああ、あれ、イフリートだったのか!」
写真には、フードを目深に被った小柄な人物。その横に、筋骨隆々の半裸の大男が、巨大な笑い顔の仮面を被ってマッスルポーズを取っている。
大男の方は、きっと、今朝、雪女のキャストと一緒にいた人だろう。さらにその下を読んでみる。
「なになに……。ワールド内には、その他にもリビング・メイル、ゴーレム、マリオネット等、命を持ったアイテムが歩き回っております。これらの品は、皆様の安全をお守りするために魔女が……って、これ俺達の事か!」
園内をうろついている時に、客に過剰に話しかけられるのを避けるための設定なのだろうが、アイテム扱いは悲しくなってしまう。苦笑いをしていると、食堂に私服の華音が現れた。
「おまたせ! ごめんね、時間かかっちゃって……」
「いえ、大丈夫ですよ。これ読んで、時間つぶしてましたから」
睦月はパンフレットを華音に見せてから鞄にしまい、立ち上がると自販機へと向かった。
「ええと、中華だから……烏龍茶でいいですか?」
華音が頷いたのを確認してから、ホットの烏龍茶を二つ買う。テーブルの上に並べると、華音がその前にプラ製の丼を二つ置いた。
「マーボー丼と、ホイコーロー丼、どっちがいい?」
「じゃ、ホイコーローをください」
言いつつ、受け取る。少しだけ触れた華音の手は、びっくりするほど冷たかった。
「うわあ! せ、先輩……顔色悪くないですか?」
食堂の電気は薄暗いが、それでもわかる血色の悪さに、睦月はとても驚いた。まるで人形のように肌が白い。
「平気よ!」
だが、華音は元気そうにニコニコと笑っている。ほのかにシャンプーのいい香りがした。一瞬、自分の髪かと思ったが、どうやら華音の匂いらしい。彼女もシャワーを浴びてきたようだ。
「えへへ……」
華音が睦月の隣に座り、嬉しそうに言う。
「子供のころさ、いつもこうやって、一緒におやつ食べたよねぇ!」
「ええ。懐かしいですね」
丼の蓋を開けると、味噌と中華系スパイスのいい香りが漂った。
ごくりと生唾を飲み込み、一口食べてみる。シャキシャキのキャベツと脂身の多い豚肉に、濃い目の味噌味が絶妙に組み合わさって、すごく美味しい。箸が止まらずに一気に三分の一ほどをたいらげると、華音が黒目がちの瞳に得意げな色を浮かべ、その様子を見ていた。
「美味しいでしょう? あたしなんか、晩ごはん、いっつも余った中華だもん」
「ええ、とても美味しいです! だけど、さすがに毎日は飽きませんか?」
華音は、えへへと笑って言う。
「んー? うん……でも、あたし、中華料理が大好きだから!」
それから、言い辛そうにマーボー丼をかき回す。
「……あのね。ムーちゃん?」
「なんですか?」
「今日ね、働いてみて……どうだった?」
「大変でしたけど、やりがいはありますね。とても楽しかったです」
「……それじゃ、明日も、明後日も……来てくれる?」
「もちろんですよ」
烏龍茶を飲みつつ、答える。華音は上目遣いで睦月を見上げた。
「……その後は?」
「その後? ……ああ、冬休み中はバイトをしたいと思ってますけど……先輩?」
どことなく、不安そうな顔を華音はしている。
妙な塩梅だな、と思っていると、不意に彼女が身を寄せてきた。
「せ、先輩?」
「……ここの仕事、楽しいよね。あたし、お客さんの笑顔が大好き。でも、やっぱり冬は寒くってさ……人肌恋しくなっちゃうんだよねぇ」
その言葉の通り、小柄な彼女の体は芯まで冷え切っているようだ。服越しにとても冷たい、けれども柔らかな感触が伝わった。
睦月はホイコーロー丼を食べながら、しばらく彼女の好きにさせてやる。すると華音は、まるで猫が甘えるように身体を擦りつけてきた。
ややあってから、睦月は口を開く。
「……ところで、先輩。俺は自転車で帰れる距離だからいいですけど、先輩はどうやって家まで帰るんですか?」
「あたし? あたしの家はここだよ」
「……ここ?」
「ここ、ここ!」
言いつつ、地面を指で指し示す。
「えっと、どういうことですか? まさか、食堂に泊り込むつもりじゃ……?」
「違うよう! メインキャストは、ストレンジ・ワールド内にある寮に入ってるの! だから、帰る必要ないのよ」
「じゃ、園内で暮らしてるって事ですか?」
「園内っていっても、お城やストリートの建物とは違うわ。地下に部屋があるのよ。アパートなんかとほとんど作りは変わらないから、不自由はしないの」
「へえ、便利ですね」
「うん。遅刻はないし、光熱費もタダだしね。……ここに住んで、もう二年半になるかなぁ。とってもいい所よ!」
そう言って、華音は笑った。
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