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振り向いてもらえなくても。

最後に弟の思いを追加させて頂きました。

 いつからだろう、貴方の事を目で追っていたのは。

 

 子供の頃、王宮で開かれたガーデンパーティ?


 学園で同じクラスになった時?


 生徒会で一緒に活動した時?


 その頃にはもう、貴方を目で追っていたわね。


 私が貴方を目で追っていた時、貴方も一人の女性を目で追っていたわね。


 貴方の事をずっと見ていたから、嫌でも気付いてしまった。


 それなのに今日、私は貴方と結婚する。


 貴方にとっては、望まない・・


 貴方が愛する王女殿下からのすすめで・・


 我がブロード家に婿入りする。





「汝 テレーザ・ブロードを妻とし、いかなる時もこれを愛し 共に助け合う事を誓うか。」

「・・・はい・・」

「・・汝 ケイン・ロッテを夫とし、いかなる時もこれを愛し 共に助け合う事を誓うか。」

「はい、誓います。」

「それでは互いに指輪を交換し、誓いのキスを」

「「・・・」」

「新しく夫婦となった者へ祝いの拍手を!」


指輪の交換も無く、誓いのキスも無い、形だけの結婚式が終わった。

 

 夫 ケイン・ブロード

 妻 テレーザ・ブロード


 この結婚が天国となるか、地獄となるか・・



「旦那様、お帰りなさいませ。」

「・・・起きていたのか・・」

「ご迷惑でしたか?」

「いや・・ただ起きて待たなくても良い。」


 夫の仕事は近衛第二騎士隊所属。

 王女殿下付き専属護衛騎士。


 常に王女殿下の護衛を務め、休みはおろか家に帰宅する事もほぼ無い。

 だから今夜は久しぶりの帰宅になる。


(この前はいつ帰られたかしら?半年前・・だったかしら?)


 夫に部屋へ戻るよう言われた私は、夫が来ない寝室へ一人戻る。

 夫の部屋にもベッドが置いてあるため、一緒に寝ることは無い。


 私は一人大きなベッドへ入るが、一度目が覚めてしまうとなかなか寝付けない。

 仕方なくベッドから出ると、隠しておいたワインを取り出す。

 

「旦那様が帰った時にしか飲まないなんて、普通は逆よね?」


 そう言いながらグラスへと注ぐワインは、血のように赤かった。

 グラスを口に付けると外から馬の鳴く声が・・


 バタバタと廊下を走る音が聞こえる。

 二つ隣の部屋の扉が開き話し声が聞こえると、またバタバタと廊下を走る音が響く。

 今度は二人の足音だからまた呼び戻されたのだろう。

 いつもそうだ。

 夫が帰ってもまたすぐに呼び戻される。


 王女殿下に・・


(二人が恋仲と言うのは、本当なのかしらね?)



 結婚して三年が過ぎ、最近では誰も子供の事を言わなくなった。

 それどころか、


「後継は作らない。君の弟が成人するまでの中継ぎなのだから。」


 結婚して半年過ぎた頃、この時も王女殿下に呼ばれ王宮へ戻る時に言ったんだよね・・

 

 弟は今十三歳。あと三年で成人する。


(そしたら旦那様は私と離縁するのかしら・・)


 残りのワインを飲み干すとベッドへと潜り込む。

 一人寝には慣れている。

 でも、寂しさには慣れない・・


(旦那様はどうして結婚なさったのかしら・・)


 その理由を知ったのは、それから二年後。

 王女殿下の婚約パーティでの事だった。


 

 私は普段から夜会には出席をしない。

 パートナーである夫がいないからだ。

 しかし、王宮で開かれる夜会は必ず夫婦での参加が決まっているからか、入場の時だけエスコートしてくれる。

入場するとまた、王女殿下の元へ戻られるため私は壁の花となる。

 これが高位貴族であれば許されないが、


(我が家が子爵家で良かった。)


 と、本気で思える。

 それでも言う夫人は多く、陰口を叩かれるのは正直慣れない。


「テレーザ久しぶりね!夜会に顔出さないから心配していたのよ。」

「マリーン、お久しぶりね。出たくても出れない。が正しい答えだわ。」


 久しぶりに会った級友に声を掛けられた私は、自然とそちらへと移動する。


(どうせ、旦那様は私を探す事は無いのだから。)



 マリーン達と会話を楽しんでいると、


「ブロード子爵夫人、子爵がお呼びで御座います。」

「夫が!?」


 珍しい事もあるものね!と、皆んなが思っているだろう顔をしていた。

 私はクスッと笑いながら、従者の後を着いて行く。


 連れて行かれたのは夫の側、では無く王族の方々が座る席。の下。


(今から陛下からのお言葉があります。こちらでお聞きください。)


 目の前には陛下、王妃、王女、婚約者である隣国の王子。王太子夫婦が並んでおり、その背後にはそれぞれの護衛騎士が立っていた。

 夫も当然王女の背後に立っている。


「皆の者、今夜は二人の婚約パーティに参加してくれて嬉しく思う。王女は来年、隣国へと嫁ぐ事が決まり色々と忙しくなる。まだ決まっては無いが、何名かは王女と共に渡る事になる。・・・」

「・・・」


 途中から陛下が何を話していたか記憶にない。

 ただ、分かった事は夫も着いて行くのだろう!と言う事だ。


 陛下の言葉が終わり夫の顔を見るが、夫とは視線が合う事もなく諦めて会場から出た。

 少し廊下を歩くと数人の話し声が聞こえてきた。


「ブロード卿も酷な事をなさる。」

「何のこと?」

「知らないのか?実は王女殿下の婚約は五年ほど前から出ていて、共に行く騎士は妻帯者と決められていたんだ。」

「ああ、それで卿は慌てて結婚したのか!」

「奥方はほら、中継ぎだろ?」

「卿は妻を。奥方は夫を・・」

「あの王女殿下一筋の男が、急に結婚したから何かあるとは思ったけど・・そんな事が!」



 あははと笑い合う男たちの声に気分が悪くなった。

 私も何かあるとは思っていた。

 でもまさか、殿下の結婚に着いて行くために私と結婚したなんて・・


 私は誰にも挨拶せずに馬車へと戻り屋敷へと帰った。

 泣いてはダメだ!と気を張り何とか屋敷まで耐えたが、寝室に入るとダメだった。


 侍女には 気分がすぐれないから直ぐに横になる。 と伝えた為、ドレスを脱ぐと早々に部屋から下がって行った。


 男達の声が頭から離れない。

 

 私を見てくれる事は無いと思っていた。

 でも、振り向いてくれる事はあると期待した。


「何期待してたんだろう、バカみたい」


 その夜、私は両親が亡くなった日から流さなかった涙を一晩中流した。



 もともと体調が悪かった私は、その日から寝込むようになった。

 夫にも連絡はいってる筈なのに、顔を出す事も無く本当に辛くなった。

 離縁も考えたが、そうすると弟に爵位を譲る事が出来なくなるため涙を飲んだ。


 そんなある日、


「もって一年。早いと半年で御座います。」


 体調も戻り最後の診察を受けた時、主治医に言われた言葉だった。


 確かに胃の辺りがムカムカし、時々もどす事もあったが・・命に関わる病に侵されてるとは・・思いもしなかった。


 私はその場にいた者に口止めをした。

 絶対に夫に知られたく無かったのだ!

 だが爵位の事もあるため、夫には手紙を出した。


[これから忙しくなるので、その前に弟へ爵位を譲りたい。] と・・


 理由が理由なため、流石に王室から爵位譲渡を許す書簡を頂けた。


 弟が成人する半年前、無事譲渡する事が出来た。

 渡航まで一ヶ月。

 私はみるみる痩せていくが、夫も準備が忙しいのか屋敷へと帰ってくる事は無かった。


 渡航日は冬だった事もあり、着る物で体型を誤魔化した。

 弟は・・泣いている。

 屋敷の者たちも泣いている。


 私とはもう、二度と会えないと知っているから。


 ある日、

「行くのを止めてください!無理ですよ!こんな身体で!僕から兄様へ手紙を書きますから!」


 と、ベッドの横で泣きながら言ってきた弟。

 私は弟の手を握りながら、


「最後の思い出が欲しいの。いま離れてしまえば二度と会えないけど、同じ船に乗れば会う事も叶うから。少しでも、旦那様の側にいたいの。」


 泣き止まない弟を抱きしめながら、バカな姉でごめんね。と、何度も何度も誤った。

 


 当然ながら夫とは別の部屋だった。

 もしかしたら会いに来てくれるのでは?

と、思ったがそれも無かった。

 気持ち良いくらいに徹底していた。


 私に着いてきてくれた侍女は一名。

 船酔いもありどんどん体力が落ちる私を心配し、何度も夫を呼んでくる!と言っていた。

 が、夫は王室専用の階にいる為面会もできなかった・・と、泣きながら帰ってきた。


 船は無事隣国へと到着し、これからは馬車での移動になると伝えられたが・・


 すでに私の命は底をつきそうだった。

 ようやっと夫が会いに来てくれた時には、ベッドから起き上がる事も出来ずこの地に残る事が決まった。


 私の姿を見た夫はさすがに思う事があったのか、出発までの間側に着いてくれたが王女の側近が迎えに来ると、一緒に残る侍女を呼び何か話していた。


 私は最後の最後まで、夫を見続けた。

 夫は部屋を出る際、やっと振り向いてくれた。

 私を見るためだけに、振り向いてくれた。


 私はそれだけでもう充分だった。





 

 

 妻と別れて半月。

 やっと隣国の王城へ着いた。

 妻の元に残った侍女には、何かあれば連絡を!と言い残した。

 一度も振り返る事もしない、形だけの妻だった。

 愛も無ければ情も無い、お互い割り切った関係だと思っていた。


 文句を言う事もなく、物を欲しがる事もない。

 たまに屋敷に帰っても、言を荒げることもしない。

 俺の仕事にも理解が有り、良い人と縁付けたと思った。


 それなのに、船を降りた時に会った妻は・・


「俺は何か間違っていたのか・・?」


 最後に会った妻の顔が頭から離れない。

 すごく・・痩せていた。

 最後に会ったのはいつだ?

 もともと細い身体ではあったが、あそこまで細くは無かった。と思う。

 思う。と曖昧にしか言えないのは、会っていないからだ。

 

 コンッコンッ


 「誰だ?」


 今日は休みで自分に与えられた部屋にいた時だった。

 一瞬考えたあと妻かも知れないと思い扉を開けた。


「ロッテ卿、お手紙を預かって参りました。」

「??ああ、ありがとう。」


 手紙を受け取りながら、


(ロッテ卿?俺はブロードだが?)


 そう思いながら差出人を見る。

 義弟からだった。

そして宛先には


 ケイン・ロッテ卿  と書かれていた。


 俺は窓の桟に腰掛け、手紙を取り出す。



 ケイン兄様へ


 そちらでの生活はどうですか?

 こちらは・・

 姉が亡くなりました。

 侍女によれば、兄様と別れた次の日だと思います。

 亡骸は姉の遺言でそちらの国に埋葬しました。

 もし、時間があれば・・

 姉の事を少しでも思ってくれるなら、足を運んでく ださい。

 きっと、喜ぶと思います。

 墓地の場所は・・・



 (亡くなった?)


 俺は震える手を抑え、何度も読み返した。

 何度も何度も・・

 その度に最後に見た妻の顔がよみがえる・・

 なぜ俺は・・


 封筒の中にもう一枚手紙が入っている事に気付く。

 取り出すと見慣れた字が飛び込んできた。

 俺は慌てて手紙を開いた。

 その懐かしく綺麗な字が便箋いっぱいに書かれている。

 


  親愛なるケイン様へ


 ケイン様がこの手紙を読んでいるという事は、私はもうこの世にはいないのでしょう。

 黙っててごめんなさい。

 何も言わず逝ってしまい、ごめんなさい。

 この病を知ったのは本当に最近なのよ。

 この数ヶ月の間に体調を崩す事が増えて、

 でもいつ貴方が屋敷に帰って来るか分からなかったから私、無理をしていたのね。

 医者から残り半年と言われた時、真っ先に頭に浮かんだのはケイン、貴方の事よ。

 やっと解放してあげれる。

 本当に好きな人の側に、何の遠慮も無く行かせてあげられる。

 そう思ったら怖く無くなったの。


 貴方が好きよ。

 学園の時からずっと、私は貴方が好きでした。

 貴方をずっと見てたの。

 だから、貴方が誰を見て微笑み、誰を見て怒り、誰 を見続けていたか知っていました。

 貴方との結婚の話を頂いた時は嬉しかった。

 もしかしたら、私を見てくれるかも知れないっ   て・・バカよね。

 私が貴方を見て来た時間と、

 貴方が誰かを見ていた時間は同じなのに。


 だからね、私賭けをしたの。自分と。

 死ぬまでに一度でも良いから私だけを見て欲しい。

 私のために振り向いて欲しい!って。


 明日から隣国へと向かうため船に乗ります。

 おそらく貴方と一緒にお城へは行けないでしょう。

 だからね、残りの時間を貴方と過ごせたら嬉しい。

 結婚してから初めて二人の時間が取れるかも知れな い。そう考えるだけで充分です。

 

 ケイン、私と結婚してくれてありがとう。

 貴方の妻になれて、嬉しかったよ!


 私が亡くなった後、ブロード籍からケインを外す手筈になっています。

 だから、自分の行きたい道へ進んでください。


      テレーザ・ブロード



 

 



 港の近くにある共同墓地に、他国から来た一人の夫人が眠っている。

 その墓に花を手向ける一人の男性がいた。

 その人は騎士の服を着ており、来ると必ず泣いていたと言う。

 

 その男は今、夫人の隣で眠っている。






 義兄が一度だけ、隣国から帰って来た際ブロード家に来た。

 俺が部屋へ入るなり深く頭を下げてきた。

 肩を震わせながらずっと・・


 俺はただ一つだけ、聞きたくても聞けなかった事を聞く事にした。


「義兄さんは、姉さんの事をどう思っていましたか?姉さんは・・ずっと義兄さんの事を想っていました」


 義兄さんはソファーにも座らず、下を向いたまま立っていた。

 俺は義兄さんが口を開くのを黙って待った。


「テレーザの事は・・良い妻だと・・」

「本当の気持ちを聞かせてください。建前は要らない」

「・・正直、利用しました・・。学園の頃から自分に気があるのは知ってたから。爵位も中継ぎで貴方に爵位を譲れば・・」


 泣きながら話を続ける。


「王女殿下に・・着いて行けると・・」

「・・ありがとうございました。おそらく姉は、貴方の気持ちを知った上で結婚したのでしょう」


 あの人は頭を深く下げると、屋敷を後にした。

 この先も姉のお墓に足を運ぶと約束して・・



「義兄さん、一つ伝え忘れましたが・・あの墓に行っても姉はいませんよ?姉の亡骸はこちらに運び、我が家の墓地に眠っていますからね」



 これは僕から貴方への復讐です。

 姉の気持ちを利用した貴方への・・




追記

 テレーザの命が長く無い事を知っていた弟は、メイドにお金を渡し「姉が亡くなったら遺体と一緒に船で帰ってきて欲しい。」と伝えていました。


 季節は真冬。棺を一番気温が低い船底に保管しての帰郷でした。

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