第三十三話「殺気」
フィーレが言っていた露店に到着した。店先には杖だけでなく、槍や剣、弓、さらには銃まで並んでいる。銃はやはり高価で、一丁百万ルピという驚くべき価格がつけられている。どうやらここは武器屋のようだ。
「――なあ、お前」
店主と思われる大柄な男に声を掛けた。
「ん? 俺のことか?」
男が顔を上げ、少し驚いた様子で返事をする。
「そうだ。その杖、元々俺と俺の仲間のものなんだ。だから、悪いけど返してもらえないか?」
男は少し考え込み、すぐに返事をした。
「……なんでだ? 俺はちゃんと買ったんだぞ?」
まあ、そう来るか。想定通りだ。
「分かったよ。金はないけど、金以外のものなら協力できる。例えば、力仕事とかさ」
男が大声で笑いながら言った。
「ガハハハッ! そんな細い体で力仕事? お前、本当に力に自信があるのか? ……だったらよ、俺と勝負してみないか?」
来たな。こんなにあっさり釣れるとは思ってもみなかった。
「勝負か?」
「そうだ。みんな知ってる腕相撲だ。力自慢のお前なら、もちろん受けるだろ?」
「……ああ、受けてやる。ただし、俺が勝ったらその杖は二本とも俺のものだ。」
「いいぜ。俺に勝てれば、もちろんくれてやるよ」
大柄な男はニヤリと笑った。どうやら、俺が簡単に負けると思っているらしい。まあ、今回はお前が鴨だ。
「あ、ちょっと待ってくれ。悪いけど、俺金ないんだ。賭けるものがないんだが、どうすればいい?」
「金は要らん。代わりに、お前が着ているそのローブを賭けろ」
男は俺のローブを指差しながら言った。
「……ローブか。よし、分かった。じゃあ、早速始めようか」
(エルムスのじーさんから貰ったやつだが、まぁ負けることはねぇしいいか)
以下のように修正して、セリフとモノローグをさらにわかりやすくしました。
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「ハッ! 後から文句を言っても無駄だぞ。周りを見ろ、証人がこんなにいるんだ!」
男が手を鳴らして威嚇する。
「……あっそ。うだうだ言ってないで、さっさと始めろよ」
「な、なにぃ!? ……許さん。決めた、腕相撲がどれだけ危険な遊びか、その体に刻み込んでやる」
木製の台がセットされ、俺と大柄な男はそこに肘をつき、手を組んだ。
「誰か、合図を頼む」
「――へい! ならあっしがしやす!」
坊主頭の男が名乗り出た。こいつも何かしら仕組まれているんだろうな。多分仲間だな。
「よし、じゃあ始めるぞ? いいか、小僧」
「いつでもどうぞ」
男の顔は赤くなり、血管が浮き上がっているのが分かる。
「腕が折れても文句言うなよ?」
「お前こそな」
緊張が高まる中、坊主頭の男が右手を挙げた。
「――始め!」
右手が振り下ろされ、腕相撲が始まった。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
大柄な男の雄叫びが響く。
「……」
俺は一切動じることなく、無表情で男を見つめる。
「どうだ? …………なに?」
俺の腕はピクリとも動かない。大柄な男は顔を真っ赤にして、まるで茹でダコのように見える。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!! なぜだぁぁぁぁ! なぜ動かないぃぃぃぃぃぃ!!」
「さっきの言葉、覚えてるか? 俺が勝ったらその杖は俺のものだって。約束だろ?」
男は息を荒げながら、さらに力を入れようとする。
「ぐぅぅぅぅおおおおおおおおおお!!」
その力で、ついに腕相撲の台にヒビが入る。
「そろそろ飽きてきた。悪いけど、終わらせるぞ」
「な……なにぃぃぃ!?」
俺が軽く力を入れた瞬間、ヒビが入った台はバキッと音を立てて割れ、大柄な男は勢いよく地面に顔をぶつけた。
「――ぶぎゃっ!?」
「…………よし、俺の勝ち」
観客たちは予想外の展開に驚いたのか、場が静まり返った。
「……なぁ、オッサン。そこにある杖、二本とも貰っていいよな。お前もこいつの仲間だろ? 大人しく渡せば、何もしないから」
「あ、ああ……持ってけ……クソッ」
「ありがとさん」
俺は露店の男から杖を二本受け取る。
よし、取り戻した。これでフィーレに返すことができる。……それにしても、この男、フィーレに負けたんだよな? あいつ、何を賭けて勝負していたんだろう? 戻って聞いてみるか。
……
…………
………………
「おーーーい、待たせたな」
「あ、柊さん! おかえりなさい! あっ! その手に持っているのは……!」
「ああ、ほらよ。お前の杖だ」
「わぁ! ありがとうございます!」
フィーレは杖を手にして嬉しそうに顔を輝かせ、レインは微笑みながら俺を褒めてくる。
「さすがですね、柊様。無事取り返すことができて良かったです。これで心置きなく先に進めます」
「まぁ、杖を取り戻すのは簡単だったけど、正直あんな露店とデカい男、あいつらグルだろうな」
俺がそう言うと、レインは頷いて少し冷静に話す。
「はい、私もそう予想しておりました。あの男、そして観客たち、全員が仕組んでいたのでしょう」
「予想してたんなら、何で最初に言ってくれなかったんだよ?」
俺が少し文句を言うと、レインは淡々と返す。
「お二人がそれに気づくことを期待しておりました。そうでなければ、今後も同じような状況が起きたときに、逆に対応が遅れてしまうかと思いまして」
「なるほど……って、そういやフィーレ、お前、あの男に何を賭けたんだ? 金がないのは分かってるんだが」
俺がフィーレに問いかけると、フィーレは顔を真っ赤にして口ごもる。
「え、えぇ!? あ、あの! な、なにも賭けてませんよ!?」
フィーレは目をキョロキョロとさせながら、必死に誤魔化そうとする。しかし、その焦り具合が逆に怪しい。
「……嘘が下手すぎるだろ」
俺が指摘すると、フィーレは更に慌てふためく。
「……まぁ、なんでもいいけどな。……まさか体とかじゃないよな?」
冗談交じりに言うと、フィーレは一瞬固まり、顔を真っ赤にして――
「な、なに言ってるんですか! 私はまだしょ――あっ、いえ! なんでもないです! 本当に何も賭けてませんから!」
体なのかよ。……よくあのむさ苦しい男連中に貞操奪われなかったな。
(……あっ、だから慌てて逃げて来て、俺に助けを求めに来たのか)
負けたにも関わらず自分が掛けたものを渡さず逃げるとか、フィーレのほうがチンピラじゃねぇか……?
俺は溜め息混じりで話を切り上げそのまま、レインに向かって言う。
「とにかく杖も戻ったし、レイン。もう一つ聞きたいことがあるんだが」
レインは無言で少し頷くと、また穏やかに口を開く。
「分かっております。柊様、フィーレ様、杖を取り戻せたことに関しては安心しました。さて、それでは本題に移りましょうか。ご準備はできていますか?」
レインはいつもの冷静な態度で話を進めようとする。ようやく、俺たちがあの場を離れた後の話に踏み込む準備が整ったらしい。
「……お前とアレンに何かあったのか?」
俺が少し警戒しながら問い返すと、レインは一瞬ためらいの表情を見せた後、淡々と答える。
「はい。柊様とフィーレ様が居なくなってからの話ですが……実は私もお二人に聞きたいことがあります」
「そうか、俺も聞きたいことが山ほどある」
少しイライラしながらも、俺は頷く。アレンも気になるがアイツら……俺の仲間だ。無事だろうか……。
「では、落ち着ける場所にでも移動しましょう。ここはどうやら話に適していない様ですので」
レインが静かにそう言い、右手を鞘に手をかけた。
その瞬間、何か気配を感じたレインは急に動きが鋭くなり、刀を抜く――
「誰ですか」
レインが冷静な声で言った瞬間、俺の背筋もピンと張る。気のせいではない。何か、ただならぬ迫力を感じる。
「――っ!?」
(何だ!? 今のは?)
……気のせい……いや、あれは確かに殺気……だよな。
俺には分かる。この感じ、かつて|両親が俺を見ていた時の目だ《・・・・・・・・・・・・・》。姿は捉えられなかったが、間違いない。
レインが剣を抜き、周囲を警戒し始める。その姿勢は、何度も経験した警戒心から生まれるものだろう。
「どうしたんですか? レインさん?」
フィーレだけが気付いていない様子で、レインの異変に質問するが、レインはすぐに答えることなく冷静に鞘に刀を収めた。
「いえ、なんでもありません。……場所を移しましょう」
それだけ言うと、再び無言で歩き出す。俺も少し辺りを警戒しながら、レインの後を追う。フィーレはまだその異常さを察していない様子だが、俺とレインはだけはその気配を感じ取っていた。
やがて、俺たちは人目のつかない路地裏に足を踏み入れた。
「ここなら邪魔も入らないでしょう」
レインがそう言うと、彼女は再び話し始めた。今までの経緯、そして俺たちが居なくなった後の出来事について――。




