第三十一話「冷徹無慈悲な仕事人」
俺とフィーレは捕まった。俺は今回で二度目である。フィーレは初めてだからなのか、さっきからソワソワしている。
しかし、『アレン王国』の檻よりは快適なものだ。ちゃんとトイレもあるし、ベッドもある。何もなかったアレン王国と違い、備え付けはバッチリだ。……ただ考えようによっては、絶対にここから出さないという意思を感じる。
「看守さん、俺達怪しいもんじゃないです」
「……いくら言おうと無駄だ囚人」
どうやらここの看守は厳しいみたいだ。雑談すらしてくれない。『アレン王国』の看守さんは俺の話をちゃんと聞いてくれたし、優しかった。おまけにホントはダメだぞと言いながら菓子までくれた。あの看守さんが例外だったのか。
(……あの看守さん、生きていればいいな)
「あの……柊さん、私お花摘んでもいいですか?」
「え……あートイレか」
「せっかく濁したのに言わないで下さいよ!」
「分かった。目瞑っておくからいいぞ」
「……いや、あっち向いてて下さいよ。あと耳も塞いで下さい」
注文の多いフィーレ様だな。
「分かったから早くしろ」
「……はい」
……俺は目を瞑り、両手で耳を押えながら考える。この檻から出る方法を。
まず、この檻は鉄だ。この鉄の檻に入れられた時点で俺とフィーレの杖は取り上げられてしまった。だが俺ならこんな程度、杖が無くとも力ずくで開けられるだろう。しかし看守がそれを許さない。これでもかと言うほど厳重に巡回しており、その隙がない。『アレン王国』の時はそもそも囚人が俺しか居なかった。故に看守も一人だった訳だが、ここは違うようだ。大きな街という事もあって、囚人が俺たち以外にも居る。つまり、看守の目を欺こうと、囚人の目がある以上より抜け出すのは難しく…………
「…………おい、今考えてるんだするなら静かにしてくれ」
「聞かないでくださいよ! ちゃんと耳塞いでいてください!! ほんと柊さんデリカシー無いですねっ!!」
「俺だって耳を澄ましてるわけじゃない。塞いでても聞こえるんだよ」
……ん? そういえば静かすぎないか? 俺達以外にも囚人が居る筈だ。にしては静かすぎる気がする。
「なぁ看守さん、なんでこんなに静かなんだ?」
俺は巡回している看守さんに聞いてみた。
「……ちっ、しつこいな。……仕方あるまい、特別に教えてやる。この檻の中は酸素が薄い。喋ると息苦しくなるからみんな静かなんだ。お前もあんまり喋ると苦しむだけだぞ」
「おい! 欠陥刑務所じゃねぇか!」
「欠陥なんかじゃない。そういう仕様だ。ここは死罪を言い渡された囚人が入る檻。檻の中の酸素を薄くすることで、大人しくさせているのだ」
つまり、この檻の中ではどんな暴力的な囚人でも強制的に大人しくさせることが出来る。そして騒げば死に至るって訳か。よく考えたな。
いやいや感心している場合じゃないだろ! これ完全に出す気ねぇじゃねぇかよ!?
……やばい。さっきからずっと喋ったせいでなんか息苦しくなってきた。これが看守の言ってたやつか。他の囚人が大人しいのは死にたくないから大人しくしていた……それにこの檻には俺とフィーレの二人だ。二人分の酸素を消費する。つまり、端的に言って酸素の消費量は倍だ。
「ま、大人しくしておくことだ罪人」
……
…………
………………
あれから十二時間が経った。食事は出るし、檻の中にはトイレやベッドもあるおかげで一応砂漠の時よりは快適だ。砂漠で死ぬよりはマシだが、ここは監獄。快適とはいえ、それはあくまで砂漠に比べた時の話だ。
それにここは酸素が薄いせいで常に息苦しい。どちらにしても、ずっとここに居る訳にはいかない。
「……さて、フィーレさんや。檻の中で暮らすのも飽きてきたな」
「…………しりとりやジャンケンも飽きましたね」
俺とフィーレはなるべく檻の酸素を消費しないよう小声でしりとりをしていた。ここに娯楽なんてものは無い。自分たちで生み出す以外に。何とか、しりとりのルールを色々変えて遊んでみたが、それも十二時間もすれば流石に飽きる。
「――見つけました」
そんな途方に暮れるていた所にある女性の声が聞こえた。その声は聞き覚えのあるものだった。
「誰だ貴様――うっ!?」
俺達を監視していた看守の一人が目の前で倒れた。
「お久しぶりです。柊様、フィーレ様」
「……お前…………レイン……か?」
「レインさん!! って何故こんな所にいるんですか? それよりもあなた一人ですか? アレン様はどうしたのでしょうか」
「…………」
レインは俺とフィーレの言葉に眉を顰めた。
「……あの、私何か気に触ることでも言いましたかね?」
「いいや、お前は悪くないフィーレ」
フィーレが俺の耳元でコソコソと聞いてくる。俺はレインが一人というだけで大体察した。それに、こいつが持っている真っ赤な刀身。俺はこれを知っている。一度だけでなく、二度も見たものだからだ。判断材料としてはそれだけで十分だ。
「柊様、フィーレ様。話は後です。どうか私に力をお貸しください」
「……あの、レインさんや。力を貸して欲しいのは俺らの方なんだけど……見ろよこの状況。それにこの檻の中、酸素が薄いからなるべく手短に……頼む」
(やばい、そこまで喋っても無いのにもう息苦しくなってきた……)
俺は深呼吸をし、息を整える。
そんな俺達の姿を見るレインは顎に手をやり考えた。
「……なるほど。分かりました。では、看守の目は私が潰します。ですから柊様達はそこから自力で出て下さい。……あなたならこん鉄の檻、檻の内に入らないでしょう?」
「レインさんよ、俺を猛獣かなにかと勘違いしてんのか? まぁ壊せるけどさ……それよりそこに倒れてる看守、死んでないよな?」
なるべく殺したくは無い。俺のその意図を汲み取ったのかレインは、
「大丈夫です。ただの峰打ちです」
どうやら一応死んではいないらしい。
「なら良かった。では、よろしく頼むぜ」
「お任せ下さい」
そう言うとレインは刑務所の暗い通路を、疾風のように駆け抜けた。その動きは目にも止まらぬほど速く、次々と襲いかかる看守たちを容赦なく切り伏せていく。
彼女が通り過ぎるたび、立っていた者は地に伏し、息を飲む間すら許されない。刃の閃きは一瞬で、看守達が反撃の声を上げる暇すら奪い取っていった。
その姿は、まるで時代劇に登場する剣豪そのものだ。彼女の剣筋には無駄がなく、精密で、美しささえ感じさせる。それでいて、一撃一撃が冷徹で圧倒的だった。
地の匂いが漂う中、レインの目には一点の迷いも無かった。ただ、彼女通る道には、もはや動ける者など一人もいない――。
(……これホントに峰打ちで終わっているか?)
「……レイン、あいつやっぱ主より絶対強いだろ」
「あの人なら私達が苦労して倒した邪龍も一人で倒せそうですね……」
「……レイン、あいつやっぱ主より絶対強いだろ」
「そうですね……あの人なら、私たちが命懸けで倒した邪龍も、一人で片付けられそうな気がします」
フィーレの呟きに、俺は無言で頷いた。正直、否定の余地など微塵もなかった。
レインのその圧倒的な強さ――それは、かつて俺が知っていた彼女の姿とはまるで別物だった。実力を隠していたのか、それとも俺たちと別れた後に更なる修羅場をくぐり抜けたのか……理由は分からない。
だが、一つだけはっきりしていることがある。
今のレインは、俺が最後に見た「かつての彼女」とは、完全に別次元の存在だということだ。
「……さて、見惚れている場合じゃない。俺たちも出るぞ」
「はい!」
フィーレが力強く返事をしたその瞬間、ふと思い出してしまった。
「あっ、フィーレ、トイレはもういいのか?」
その言葉に場が一瞬で凍りつく。
フィーレはピクリと眉を動かし、ゆっくりと俺を睨みつけた。
「……柊さん、しばきますよ?」
低く押さえた声に凄みが滲む。
「……す、すまん」
気まずい空気を振り払うように、俺は目の前の鉄格子に向き直り、両手を伸ばした。無駄に頑丈そうな鉄格子だが、今はそんなことを気にしている暇はない。
「ふんっ……!」
少し力を込めると、鉄が軋む音を立て始めた。格子を少しずつ左右に押し広げていく。
「よし、これで人が通れるくらいにはなったな」
俺は広げた隙間を確認しながら汗を拭った。後ろを振り返ると、フィーレが小さくため息をつきつつも笑っていた。
「……さすが、無駄なところだけ妙に力がありますね」
「ほっとけ。それより、さっさと行くぞ」
一瞬の和みを胸に、俺たちは再び前へと進み始めた。
「……開いた……出るぞフィーレ」
「はい!」
俺とフィーレはやっとのことで檻から抜け出した。鉄格子の冷たい感触が遠ざかると、ようやく自由の空気を感じることができた。だが、その空気は決して心地よいものではなかった。血と鉄の匂いが漂う刑務所の中を見回すと、無数の看守たちが地面に伏している。
「レインのやつ、派手にやったな」
俺は思わず呟いた。倒れている看守たちには派手な外傷が見当たらない。それに微かな息遣いが聞こえるところを見ると、どうやら死んではいないらしい。
「……ここにいる囚人が大人しい訳だ」
刑務所内を歩きながら、フィーレとともに囚人たちの様子を覗き込む。檻の中にいる者たちは、ほとんどが床に倒れ伏していた。意識を失っているのか、それとも力尽きているのか。辛うじて動いている者もいたが、その命の灯火も消えかけている。
「いつからこんなところにいたんだろうな、こいつら」
俺は檻の中で静かに横たわる囚人たちを見つめながらそう問いかけた。
「分かりません。ただ……」
フィーレは小さく息を飲みながら続ける。
「私たちもこのまま檻の中に居続けていたら、同じようになっていた可能性はありましたね……」
その言葉に、俺は自然と視線を下げた。確かに、レインが助けに来てくれなければ、俺たちもこの腐りきった空間に蝕まれ、やがて命を失っていたかもしれない。
「……レインがいなければ、俺たちもこうなっていたんだな」
胸に押し寄せるのは安堵と共に、どうしようもないやるせなさだった。彼女の圧倒的な強さが、この結末をもたらした。だが、それだけに彼女が負ったものの重さを思うと、複雑な感情が胸の奥で渦を巻いていた。
「……来ましたか」
出口の前に立つレインの姿に、俺は思わず足を止めた。その冷静な表情には、全てが計算通りであったかのような余裕が漂っている。
「待たせたな」
「いえ、こちらも今終わったところです」
足元には転がった数名の看守たち。その光景に俺は口を開く。
「なぁ、それ――」
「もちろん、死んでなどいません」
レインは、まるで「私を誰だと思っているんですか?」と言いたげな表情で俺を見つめてきた。
「そ、そうか。ならいいんだが……」
苦笑しながら答えた俺だったが、レインはすぐに核心を突く言葉を放った。
「それよりも、私が聞きたいのは――柊様は何故、このレベルの者たちに捕まったのかということです」
「このレベルって……」
苦い顔をしながら返す俺に、フィーレは小さくクスクスと笑いを漏らす。
「こっちにも色々あんだよ」
俺は少し強めの口調で返した。レインはじっとこちらを見つめ、やがて静かに頷いた。
あの時、抵抗することはできた。ただ、下手に動けばフィーレの命が危ういと思ったのだ。相手は弓や槍を持っていた。槍はともかく、弓は視覚外から放たれれば防ぎようがない。俺が無事でも、フィーレが狙われれば終わりだ。だから、抵抗するという選択肢なんてもん俺にはなかった。……そもそも今回に限ってはヘマをしたの俺だし。
そのことをレインに伝えると、彼女の表情が僅かに変わった。
「……そうですか。すみません」
「いいよ。まぁ、結果的にこうして助かったわけだしな」
そう言うと、レインは微かに頭を下げ、鋭い目を前へ向けた。
「では、出ましょう。私についてきてください、柊様、フィーレ様」
レインを先頭に、俺たちは出口へと向かう。刑務所の外に出ると、冷たい風が肌に触れ、自由の味を再び感じさせてくれた――。




