第二十九話 「向かう先」
名の知らない湖を離れ、再び広大な砂漠を歩く俺とフィーレ。水を確保したおかげで、大分体力を回復する事が出来た。
とはいえ、砂漠という事実は何も変わらない。
「そろそろ暗くなってきたし、ここらで野営でもするか」
「え、こんな何もない所で……ですか?」
「夜の砂漠は危険だからな」
「ここで寝泊まりするのもかなり危険だと思うんですが……」
フィーレの言う事は間違っては居ない。テントがある訳でも無いのだから……ただし、何も考えが無い訳じゃない。
「この砂を使う」
「砂……ですか?」
「ああ。俺のスキルを使えば快適なテントとまではいかないが、それなりのものは作れると思う」
「そんな事が出来るんですか?」
「まぁ見てろ、スキル『イリュージョン』!」
俺はこの無限に広がる砂漠の砂を利用し、スキル『イリュージョン』で家をイメージし唱える。
「…………よし、完成だ」
俺はスキル『イリュージョン』で砂の家を建てた。なかなかに大きい小屋のようなものが完成した。
「ひぇ……柊さん本当に器用ですね……なんか器用通り越して気持ち悪いです」
「なんでだよ。良い出来だろ?」
「でもこれ、砂ですよね……崩れたりしないんですか?」
「まぁその辺はちゃんとしてある。これを使ってな」
と、俺はフィーレに水筒を見せた。
「それはさっき湖で汲んできた水ですか?」
「ああ。少量の水を使用し、支えとなる柱の部分を固めてある。これでそうそう崩れることは無い筈だ」
俺が自慢げに言うとフィーレは――
「では、何か食べましょうか。火は私が担当するので柊さんは食糧の調達をお願いしますね」
フィーレは俺の作った小屋の中に入って寛ぎ始めた。俺の小屋の感想それだけかよ。
小屋、とは言うが中は何も無い。家具もなければ、調理器具などもない。つまり、手の込んだ料理など不可能なのだ。
「……フフフッ。お前がそう言うと思って予め用意して置いた。コイツをなぁぁぁ!!」
「こ、これは!?」
「サソリだ」
「…………これ食べるんですか……正気ですか」
「文句言うな。中の肉なら食べれるだろ」
サソリとか食った事ないから、調理の方法は分からないが。ま、適当に焼けば大体何でも食べられるだろう。俺はサソリをローブの中から五匹取りだした。もう死んであるとはいえ、正直俺も結構抵抗ある。
「私は柊さんの後に食べますね」
毒味をしろってか。……取ってきたのは俺だし仕方ない。
「分かった。……そうだなぁ、どうやって食べようか。とりあえず丸焼きで行くか。フィーレ、火頼む」
事前に砂漠に落ちていた木を集めていた俺は、そこに火をつけるようフィーレに頼む。本当は魔法使いである俺が付けるべきだが、俺の言葉に疑問を抱くこと無くフィーレはいつぞやのマッチ程の火を付けた。
俺は焚き火の中にサソリを投げ入れた。
……待つこと三分。
「…………焦げた」
「当たり前ですよ。火の中に直接入れたらそうなります。柊さんもしかして、料理した事ないんですか」
「いや……まぁ」
今まではギルドの飯を食っていたから、自分で作る事は無かったな。俺は真っ黒になったサソリを火から取り出し、サソリの外殻を拳で砕いた。たっぷり……とは言えないが、思ってたより身が詰まっていた。
「……美味い。外殻が焦げているだけで中は焦げてない! イケるぞこれ!」
「それ本当に言ってますか?」
「本当だって! 食ってみろよ」
フィーレは俺の言葉に半信半疑でサソリの身を口にした。
「……美味しいです……甘いですねこのサソリ」
「だろ? もっと取ってくれば良かったな」
「そうですね。砂漠サソリがこんなに美味しいなんて思わなかったです」
その火を吹くサソリ味というと、ほぼエビである。
腹を満たした俺とフィーレは眠りに着く事にした。
「…………寒いな」
「そうですね……焚き火も消えてしまいましたし仕方ありません」
どうしようか。また木を取ってくるか……? いや、ここは砂漠だ。暗くて見つけようと思って見つけられる訳では無い。あっても一時間歩いて細い枝一本って所だ。それはあまりにも効率が悪すぎる。
「我慢だ」
「……分かりました」
◆◆◆
――ある廃城にて。
「はぁ……はぁ……」
女は荒れ果てた廊下を一歩一歩進んでいた。右手を石壁に預け、その血で赤く染めながら、息を切らせて歩き続ける。
傷は深いが、立ち止まるわけにはいかない。どこかに光が見えるはずだと、かすかな希望だけを胸に抱えていた。
「まだ……終われない……」
彼女の低く震える声が、冷たい空気に溶けていく。周囲に響くのは、かすかな足音と壁に手を擦る音だけ。
「アレン……様」
女は肩に血まみれの男を背負いながら、重い足取りで歩いていた。
「あなたをこんな所で置いていきはしません……あなたの隣は私……ですから」
彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。その目には決意の炎が宿っている。
石壁に右手を付けて支えながら、彼女の体は限界を迎えつつあった。血で濡れた服が肌に貼り付いて冷たく感じる。だが、歩みを止めるわけにはいかなかった。
足を引きずりながら前へ進む女の視界に、突然闇の中から現れたのは、冷たい笑みを浮かべる魔族の男だった。彼の目は血のように赤く輝き、長い爪を構えながら不敵にこちらを見下ろしている。
「……おいおい、まだ生き残りが居るじゃねぇか」
魔族の男は嗤うように言い放った。
「しかも死に損ないと……ん? そいつは死んでるのか」
彼の目が女の背中でぐったりと垂れ下がる血塗れの男へ向けられる。
「死体なんて運んで何がしたいんだ、お前」
女は一瞬言葉を詰まらせながらも、鋭い眼光を魔族に向け、静かに言い放った。
「貴様に言う必要など……ない!」
その一言に魔族の男の表情が一変する。軽薄な笑みは怒りに歪み、次の瞬間、低い唸り声と共に彼は一気に間合いを詰めた。
「ケッ! 人間風情が! 魔族を舐めるんじゃねぇぞ!」
長い爪が暗闇の中で光を反射しながら振り下ろされる。
「死ねぇぇぇぇぇ!」
女は歯を食いしばり、背中の男を庇うようにして体を捻った。壁に残った血痕が彼女の決意と苦闘を物語る中、ただただ前へ進むための力を振り絞る。
「……アレン様。少し揺れます、お許し下さい」
女は背負った男に優し囁きかける。その声は静かで、返事はない。
「死人に何いって……ん……だ……?」
しかし、その瞬間――。
鬼の体が空中で裂ける音が響く。振り下ろされた爪は女に届くことはなく、逆にその胴体が真っ二つに切り裂かれ、地に崩れ落ちた。
女の手に握られているのは、かつて自身が仕えていた主人のものだった。それは真っ赤な一振りの剣。血と泥にまみれた業物。
いつ振るったのかすら分からない程の早さだった。
女の体は今にも倒れそうなほどの疲労に見えたが、その目だけは鋭い光を放っている。
「……魔族風情が……人間を舐めるな……」
魔族の断末魔が闇に消える仲、女は再び背負った主人を抱え直し、一歩、また一步と歩き出す。
「必ず……必ずや柊様を見つけ出してみせます……」
その言葉には決意と祈りが込められていた。どれほどの困難が待ち受けていようとも、彼女の心は折れない。それが、彼女自身に課した最後の使命だった。
「だから……せめて静かな所で……お眠りください……」
震える手でアレンの体を支え直しながら、彼女の目には涙が浮かんでいた。しかし、その涙が零れることはなかった。彼女には泣いている暇すら許されないのだ。
足元の地面は不安定で、冷たい風が彼女の傷ついた体に容赦なく吹きつける。それでも、一歩、また一歩と前へ進む。
石壁の向こうに光が見えるのか、それともさらなる闇が広がるのか――。
静寂の中、彼女の小さな呟きだけが響いていた。
「待っていてください……柊様……」
「……さぁ、道は開きました。行きましょう、アレン様」
女は再び歩き出した。大事な人に託された目的の人物を探すために……。




