第二十七話「キッカケ」
「お世話になりました、エルムスさん」
「いいってことじゃ」
「ありがとうじいさん、それからハゲ。また何かあったら頼む」
「お前も達者でな。あと、ハゲ言うな……頑張れよ」
俺とフィーレは『エルムス』を離れる事にした。全ては仲間の無事を確認する為だ。そして、歴代の勇者達が何度挑もうと勝利出来ないとされる魔王。正直俺としては魔王なんてどうでもいい。アイツらが無事ならそれで。その過程で魔王を倒す必要があるのなら倒すだけだ。
「……まだアイツらと出会って日は浅いのに、ここまで情に熱い男っだったとは……俺も随分変わったなぁ」
「それだけ大好きだったって事ですよ……私も寂しいですし」
◆◆◆
俺はフィーレの泣き声が頭から離れず、夜空を見に来ていた――
「なんだよ、先客いたのかよ」
「……客人か。今日はハゲと呼ばないのだな」
「……今はそういう気分じゃないからな。まぁどうしてもって言うなら呼んでやるけどよ」
「必要ない……見たのか」
こいつの言う”見た”とはフィーレのことだろう。
「見てはない。……聞いただけだ」
「そうか……可哀想な子だ」
「可哀想、か。冒険者やってんだ。いつかは経験することだ。……いや、違うな。冒険者じゃなくとも生きていれば誰にだって後悔はある。俺はアイツに救われた。アイツのお陰で立ち直れた。だから何かしてやりたいんだが、何も思いつかねぇ……」
『エルメス』は何も無い。部族の村というのがしっくりくるだろう。ただ、夜空の星はいつ見ても綺麗だ。
「ここ、アンタのお気に入りの場所なのか?」
「……昔、母とこのベンチで星を見た」
「思い出したのか」
「……泣いている彼女を見ていると、昔の俺を思い出したのだ。俺は母が病で亡くなった時、この場所でいつも泣いていた」
死を受け入れられない気持ちは分かる。だからこそ俺は仲間の無事を確認するためにフィーレと共に発つ。
「…………男二人ベンチに座って夜空を見るのは少しきついな」
「しかも片方ハゲだしな」
「……それは関係ないだろう」
……
………………
「……逃げてきたのだろう?」
「…………」
ファルスが唐突にそんな事を言ってきた。
「客人、言っておくが女はか弱いものだ。お前の前では笑顔を振る舞っていても、きっとこれから先の旅で今回のように隠れて泣くことになる。それは彼女を苦しめるだけじゃなく、お前をも苦しめることになるだろう」
「……何が言いたい」
「このまま後悔を残したまま旅をすれば、いずれ死を招く。目の前で誰かが死ぬことは辛い。故に、死は怖くないと言い聞かせるのだ」
「……はっ! 簡単に言いやがって」
死は怖くないとかどこの宗教だよ。死は怖くて当然だ。人間、死後の世界がどういうものか分からないから怖いんだろ……うが……。
「……どうした客人」
「アンタの案だが、案外悪くないかもと思ってな」
「……そうか。なら彼女の元へと行くが良い」
「言われなくともそうする。…………ありがとうございました、ファルスさん」
俺はもう一度フィーレの下へと向かうことにした。
「……今更気持ち悪い呼び方を」
青年は夜空を見た。
「母上、俺は誰かの役に立てたでしょうか……」
返事はない。
「…………俺もそろそろ母離れしないとな」
……
…………
………………
寝室へと戻ってきた。
(緊張する……だがハゲの言う通りだ。俺は……俺一人ではこの先やっていけない。俺にはフィーレが必要だ)
俺は扉をノックし、声を掛ける。
「フィーレ、俺だ。入っていいか?」
「え? あちょっとま――ああ!!」
部屋の中からすごい音がした。そして、少し待っていると扉が開いた。
「す、すみません! ちょっと寝ていまして……あれ? でもここ柊さんの部屋でもあるんですからノックは必要ありませんよ?」
「ああ、そうだったな。……フィーレ、眠っていたにしては目元が真っ赤だな。寝不足か?」
「あ、そうですそうです! ちょっと眠れなくて――」
「やめろ」
「え?」
「もう良い。分かってる。お前が泣いていたことは」
「…………そうでしたか。すみません、お見苦しい所を……入りづらかったですよね……」
フィーレは目を真っ赤にしながら笑いかける。
「なぁフィーレ、少し話をしないか?」
「……話、ですか?」
「ああ、俺とお前、二人の話だ」
「……どうしたんですか? いつもの柊さんらしくありませんよ?」
フィーレは首を傾げた。
「……フィーレ、少し横になりながら話そうか。眠れないなら俺の話を聞いて、それを子守唄代わりにしてくれても構わない」
「……分かり……ました」
俺とフィーレは布団に横になる。布団とってもそんな洒落たものじゃない。麻と動物の毛で作られたものだ。現世や、『アレン王国』の宿のような快適さはない。チクチクしていて少し痒くなってくる。
「…………あの、柊さん」
「なんだ?」
「その……近すぎませんか?」
「まぁな。近すぎるようにしてるからな」
「そ、そうですか……」
ぎこちない空気がしばらく続き――
「フィーレ、死が怖いか?」
「…………はい、怖いです。とても」
「お前は何故冒険者になったんだ? ……悪いな、俺の話をすると言いながらいきなり聞いちまってよ。でも、ずっと疑問だったんだ。あの日、俺が貼った募集用紙は最悪なものだった筈だ。女の子がいいとか、魔法は使わないとか……なぁ、正直に答えてくれないか?」
一度目ははぐらかされた。だから俺はもう一度聞いてみる。
「……笑わないでくれるなら教えます」
「ああ、笑わない。俺は嘘をついたことはない」
俺の発言に眉をひそめ、顔を近づけてくるフィーレ。
「ほ、本当だぞ!?」
「……はぁ、分かりました。……実は私、勇者に憧れているんです」
「うん、知ってる」
勇者オタクの事なんて今更すぎる告白だ。
「……ならこれはどうでしょうか。私はその勇者のパーティーに入りたいんです」
「勇者の? それまた何で――」
「柊さんが言いたいことは分かります。お前みたいな雑魚魔法使いには無理だって」
「いや、そこまでは……」
俺は”思っていない”とも言えなかった。
「私は勇者に憧れ冒険者になりました。キッカケは御存知の通り、小さい頃に見た絵本です」
彼女は語る。その様子はまるで子供のようだった。
「ある時、お母さんが絵本を買ってきてくれたんです。それは魔王を倒した勇者の話でした」
「ありきたりな話だな」
「ははは! 確かにそうかも知れませんね! ……でも、私が読んだ絵本に登場した勇者は魔法使いだったんです」
「勇者が魔法使い? 剣士とかじゃなくて?」
「はい!」
魔法使いの勇者とか全然想像できないな。勇者って言ったら大体が剣で戦うもんだろ。
「で、面白いのがですね! その勇者、魔法を使えないんです!」
「――っ!?」
俺以外にも居るのか……物理型の魔法使いが。いや、待て俺。これは絵本だ。想像の産物に過ぎない。作られた話を真に受けてどうする……。
「……その魔法使い、勝ったのか?」
「はい! 圧倒的な力で勝ちました! 魔法を使うまでもないとか言って倒しちゃうんです! まるで柊さんのようですね! あははははっ!」
「お、おう……」
何故だろう、全然笑えないんだが。これもうバレてね……? 俺が魔法使えないことバレてね?
「……その絵本に出る勇者と俺を重ねていたのか」
「はい! 最近杖で魔物を殴っては杖を壊して、殴っては壊してを繰り返す変な魔法使いがいるぞ〜! という噂でした!」
「へ、へぇ……」
誰だよそんな噂流したやつ。もしその場にいたら後ろから御本人登場で多分殴ってたぞ。
「……私の話は以上です。次は柊さんの番ですよ?」
なんともまぁ腑に落ちない、笑えない、他人事じゃない、というスリーコンボだった……。
「……俺が語るのは『死』についてだ。この世界、|『アレン王国』に来たキッカケの話だ《・・・・・・・・・・・・・・・・・》」




