第二十六話「トラヴェル【ターニングポイント01】」
翌日、俺とフィーレは『エルムス』の街で『アレン王国』について調べていた。『アレン王国』に置いてきたアイツらが心配だが、まずは情報収集から始めようという話になったからだ。
そこで俺達は驚愕の事実を知る事になる――。
***
「おや、これはエルムス様の客人」
『エルムス』の国に着いた翌日の早朝、エルムスの住人が話しかけてきた。俺はその住民に『アレン王国』について聞いてみた。
「……『アレン王国』ですか? …………えっと……」
「なんだ? なにか知っているのか?」
「いえ…………」
なんだこの嫌な間は……。
「――あっ! 思い出しました、確かそんな国があった気がします」
そんな国って……いくら小国だとしても、一応国は国だろ。
「それがどうかしましたか?」
「いや、ただ何か知らないかと思ってな」
「おや? 『アレン王国』の民でしたか。それはそれは大変でしたでしょう?」
俺は別にアレンの民じゃないが、ここは話を合わせておくか。
「ああ、そうだ。で、大変って何の話だ?」
「……まさかご存じないのですか?」
まただ。嫌な予感がする。これ以上は聞かない方が良いと俺の直感がそう訴えている。……しかし、仲間が心配だ。ここで聞かなければきっと後悔する。
俺は覚悟を決め、唾を飲み込む。
「…………『アレン王国』に何があった?」
「その顔……本当にご存じないとは。私は|『アレン王国』は滅んだ《・・・・・・・・・・・》と聞いておりますが……」
滅んだ……? 滅んだだと? 襲撃を受けたとはいえ、今はアレンとレイン、そして俺の仲間が居る。それがたった二日程度で滅んだ? それは流石に大袈裟すぎないか?
「…………柊さん、これはマズイです」
同じく隣で話を聞いていたフィーレが口を開いた。その顔はまた今まで見たことのない顔だった。邪龍の時でも見せなかったフィーレの新たな一面。端的に言って、絶望の顔だ。
「どうした、フィーレ……やめろ、そんな顔お前には似合わない」
「先に言っておきます……」
「なに? 何を言う気だ」
フィーレは聞いて下さいと、前置きして話しだす。
「……恐らく、私達は今時間を超えています」
「……時間を超えた?」
時間を超えたって何だ? 俺達が? 一体いつ?
俺の疑問にフィーレは答える。
「タイムスリップ……いえ、この場合”タイムトラベル”と言った方が正しいかもしれません。私達はあの魔法陣を踏んだ事により、時間を超えたと推測出来ます」
「……は?」
そんなまさか……でも異世界だし有り得るのか。フィーレの話が本当だとしたらあれから一体何年経ったんだ? 西暦で聞いても分からないだろうし、そもそもこの世界の時間が分からない。
俺は滅んだと言う、民の一人に聞く。
「なぁアンタ、『アレン王国』が滅んだのはいつだ? ……そして誰がやったんだ」
「……えっと……私が聞いた話では魔王によって滅んだと……そう聞いておりますが……いつかは覚えていません」
フィーレの考えは正しいかもしれない。魔王に滅ぼされたのが仮に昨日だったとしたら、ここに情報が伝達するまでがあまりにも早すぎる。スマホ、あるいは通信魔法のようなものがあればそれも不可能では無いかも知れないが、この人の”誰でも知っている常識”と言わんばかりな話し方を見るに、少なくともここ数年の話では無さそうだ。
――マズイ。マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ……
俺の思考が纏まらなくなる。考えようとするとその瞬間、すぐさま崩れていく。
「あ……ああ……ぁぁ……」
俺のせいだ。俺が魔法陣にフィーレを連れ込んでしまったから。だからあの国は滅んだんだ。俺のせいだ。俺が――
「……ぃ……さん……」
俺があいつらを死なせた。アレンを……レインを……
「ひいら……ん!」
珠希……ゼノア……すまん……俺の安易な考えでお前達を死なせて――
「ひ・い・ら・ぎ・さんっ!!」
「…………なんだ」
「もう! さっきから呼んでるのに返事してくださいよ!」
「…………俺のせいなんだ。俺がお前を怪しい魔法陣に引き連れて……だから――」
俺はダメージを受けた。避けることもできた。でもしなかった……できなかった。その相手がフィーレだったからだ。
「ふざけないで下さいっ!!」
フィーレの怒声を上げた。俺はあまりの衝撃に開いた口が塞がらない。
「あなた、本当に私の知っている柊さんですか!? こんな公衆の面前で座り込んで頭抱えて! 珠希ちゃんでもそんな事しないですよ!? そもそもですね、魔法陣に入る選択肢を提案したのは私です!! 何勝手に自分一人でやりました、みたいな事言っているんですか!? 頭大丈夫ですか!? いいですか? 私はともかく、あの場にはレインさんや珠希ちゃん、それにアレンさんもいるんです! そう簡単にあの国が落ちるわけが無いでしょう!?」
「…………でも聞いただろ…………滅んだんだよ…………それはつまり……もう……」
「……私達の仲間がそんなすぐにやられるとお思いですか? 信頼してあげて下さい……でないと……柊さんがそんな状態だと今に私も泣いてしまいそうです!!」
俺はフィーレの顔を見る。……今にも溢れそうな涙をぐっと堪えていた。
「……お前…………」
「ぐすっ…………柊さん、まだ間に合います。あの魔法陣が何かは分かりません。……でも、未来に飛ぶ魔法陣があるなら、きっと過去に戻る魔法陣だってある筈です。探しましょう、一緒に。私一人では出来ません。柊さん、お願いします。私の手を取って下さい。そして、私の仲間を助けて下さい」
フィーレがガキのように座り込む俺に、手を差し伸べてきた。
「…………どれくらいかかるか分からない」
「大丈夫です、私はエルフです」
「……いや、俺の事だけどな…………でも、そうだな……まだ終わってないよな」
そうだ。まだだ。未来があるのは過去があってこそだ。ならする事は一つだ。
俺はフィーレの手を取る――
「フィーレ、ありがとな」
「いえいえ、珍しいですね。柊さんがお礼なんて」
「お前は強いな、フィーレ……俺は弱い」
「私なんて柊さんの足元にも及びませんよ!」
と、腰に両手をあて胸を張るフィーレ。
「……いや、お前は強いよ……ほんと……俺一人じゃ無理だ、共に来てくれるか?」
「勿論です! 柊さんに守られるのは私の役目ですから!」
……お前やっぱ強いよ、フィーレ。こんな時でもいつものフィーレだ。俺なんてガキみたいに塞ぎ込んだってのに。情けない。
「んじゃあ、早速出発の準備だ」
「はい! ……あれだけ言っておきながらなんですが、出発明日でもいいですか?」
「どうした?」
「いえ、大したことではありません! 少し、疲れてしまって……あはは……」
今はとにかく一日でも惜しい所だが、装備を整える必要もあるしな。
「分かった。では明日出発だ。ちゃんと身体休めとけよ?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
そういうとフィーレは走って俺達が止まっていたじーさん達の家へと向かっていった。
「……余程疲れていたんだな」
正直俺も疲れた。感情の整理がまだ追いつかないでいる。
「……まだ寝るには明るいし、もう少し明日の為の情報収集でもするか…………悪かったな、情けない姿目の前で見せちまって」
「……いえ、そんな事はございません。誰にだって別れはあり、それは辛いものです。……あなた方に『神マキナ』のご加護があらんことを」
「お、おう……」
また前にも出た神の名だ。だから誰なんだよ神マキナって……。
***
その後、さらに情報収集を続けてみたが皆口を揃えて同じ事を言う。『アレン王国』は魔王の手により滅ぼされたと。そして最後には『神マキナ』に祈る。まさか何百年とかじゃないよな……?
そうだったら俺は今いくつになるんだ……?
俺は自分の身体を隅から隅まで見る。
「……何もないな。特に身長が伸びたとかもない」
(歳を取るのは嫌だが、身長はもう少し欲しかったな)
……
…………
………………
「じーさん、ハゲ。今戻った」
「気は済んだかの?」
「ああ。知りたい事はだいたい聞けた。……明日、俺達はここを発つ」
「そうかい。寂しいもんじゃのう……しかし止めはせん。ワシらは無事を祈っておる神――」
「『神マキナ』にか? 聞き飽きた」
「……そうじゃったか。それはすまぬ事をした…………」
ん? じーさんの元気がないように見えるのは気のせいか?
「……じーさん、体でも悪いのか?」
「わしは大丈夫じゃ……ただ……」
「あのハゲか? そういえばあのハゲどこ行ったんだ?」
「ファルスは外の空気を吸ってくると明るいうちから出ていきおった」
「そう……なのか」
何かあったのかなあのハゲ。
「…………若いのよ。お主はもう少し仲間のことを知ることから始めなさい」
「……はい?」
そう言い残して、じーさんは寝床に着いた。
(なんだよ急に意味深な事だけ言い残しやがって)
「……さて、俺も寝るか」
俺は眠りにつく為、借りている寝室へと向かう。
すると、誰かの声が聞こえる。それは一歩、また一步と寝室へと向かう程に大きくなっていく――
「……なんで……こんな事に……っ! うぅ……すみません……皆さん……すみません……うぅっ」
寝室から止まらない謝罪の言葉と後悔の言葉。
「ごめん…………なさい……うぅっ……私がもっと強ければ……ごめんなさい……うぅ」
嗚咽し涙ながらに何度も謝罪を繰り返す言葉。
「………………なんだよ、お前も弱いのかよ」
俺は寝室を前に引き返し、夜の空気を吸いに外へと出た――。
フィーレ……




