第二十二話「物理で殴る魔法使い」
アレンとの再戦は俺の二度目の勝利で幕を閉じた。だが、その直後だった。この玉座の間にて不気味な笑い声と拍手の音が響いた。
「いやはや、やりますな。ワシらが来る事を察知し予め民を逃がすとは」
白のフードを被った者達が玉座の間に次々と現れた。
(……なんだコイツら)
「どなたですか、主に代わり私がお伺いします」
前に出たのは、レインである。アレンは俺がやってしまったから……。
(……え、まさか俺のせいだったりする?)
「……小国の王はどこだ」
フードを被った者の一人が問う。
「爺さんボケてんのか? アレンならあそこで寝てんだろ、ほらそこに」
俺は玉座の方に指を指す。
「……なるほどのう。すると、貴様がヒイラギか?」
「ああそうだ。てかお前ら誰だよ。名乗れ」
まさかコイツらが俺を狙っているとかいう奴らか? フードを深く被り、顔が見えない。
「そうじゃったか。……ワシらは『ディベルドの使者』。そこでのぼせている小国の王に命じたのだがな……やはり失敗したか」
「失敗って何の話だ」
「ヒイラギよ、とぼけるのはよせ。もう知っていいるのであろう? ワシらはそこで倒れている小国の王に貴様を殺すよう命じた。それが失敗した」
こいつらが今回の元凶か。……よし、殴るか。俺がそんな事を考えていると、ゼノアが口を開いた――
「よせ柊! その者達と戦うのは危険すぎる!」
切羽詰まったような顔でゼノアが俺に言ってきた。ゼノアは短剣を抜き、レインもまた構えている。戦闘態勢の二人に対して、俺と、フィーレ、珠希の三名は状況が理解できずにいた。…………あと、ギルドのお姉さん。
(ほんとなんで付いてきたのこの人。ぶっちゃけ邪魔なんだけど)
俺はゼノアを顔を見た。顔から大量の汗、そして……
(怒っている……?)
「知り合いか? ゼノア」
「『ディベルドの使者』は不気味なマジックアイテムを使うんだ!」
「……なるほど。つまり姑息な奴らって事か」
姑息対決なら負ける気がしねぇな。
「よし、なら、どっちが姑息か勝負といこうか。言っておくが、容赦はしねぇぞ? 姑息な俺が言うのも何だが、俺は姑息な奴が大嫌いなんだ」
「……お兄ちゃん、何いってんの……」
「ホヮッホヮッ、ワシら九人を相手に一人で戦うと? 若造が舐めるなよ?」
「爺さんなんか舐めたくないね。舐めるならここに居る場違いなギルドのお姉さんのようなお姉さんがいい」
「……え、柊さん……それって……」
ギルドのお姉さんは頬を赤らめていた。
(いや、お姉さん冗談だからな?)
恐らく、ゼノアの話ではこいつらはまともに戦わないタイプ。真剣の勝負に拳銃を使うようなやつらだ。ならこちらも全力で姑息を行使するのみだ。姑息なら負ける気がしない。なんせ俺はマジシャンだからな。……おっと魔法使いだった。危ない危ない。
「戦う前によ、アンタらに一つ聞きたい事がある」
「なんじゃ」
「俺を狙う理由はなんだ? 俺がこの『アレン王国』に来たのは二ヶ月前だ。俺はお前らなんて知らない。街のチンピラならともかく、お前らみたいな爺さんに狙われる義理なんてない。そもそも俺は老人には優しくしろって小さい頃から良く言い聞かせられて育ってるからな」
当時まだ四歳の頃だ。じいちゃんにハゲって言って親父に泣かされた。母親が居なかったから止める者も居なかった。一方、ハゲと言われた本人は親父の俺を殴る手を止めなかった。今も思えば多分じいちゃん、聞こえてなかったんだと思う。じいちゃんはいつだって俺の味方でいい人だった。だから俺は――
「あぁじいちゃん元気にしてっかなぁー」
「…………おい! 聞こえておるのか!」
「……ん? あ、すまん、何か言ってたのか? お前見てたらじいちゃん思い出しちまってよ」
「……つくづくふざけた野郎だ。貴様がこの世界の害悪になると判断されたといっておるのだ!」
「誰にだよ」
「それは教えられん。ワシは貴様を殺せと言われているだけに過ぎん」
「あっそ」
口止めされてるって事か。にしてもなんで俺なんだ? この世界の害悪って魔王とかじゃないのか? 俺なんかが害悪なら、あのチンピラとか死に値するだろ。
あ、だからアレンに殺されたのか。
「柊、ここは逃げるべきだ」
「はあ? なんでだよ。こいつらを逃したら、また俺を狙ってくんだろうが。だったら今排除するべきだろ。俺、鬼ごっこは嫌いなんだよ」
「そんな話ではないんだ!!」
ゼノアは声を上げる。ここまで焦ったゼノアを見るのは初めてだ。それほど危険なやつらという事なのだろうか。
「……仕方あるまい。これはそこの無能な王に任せたワシらの責任。小国のくせに王など気取りやがって」
「ああ、分かったよ。うちの仲間がお前らを前にビビってるからお前らの相手は俺がやる」
俺は前に出た。ゼノアは後ろで俺を呼び止める。
しかし、俺は止まらない。どうせ、逃がしてなんかくれないだろうコイツら。
「卑怯だろうが姑息だろうが、ウチの仲間を泣かすやつは俺が許さ――」
「アレン様を侮辱する事はこの私が許しません」
レインがそう言って前に出てきた。
あれ? ちょちょ、レインさん? 俺今カッコいいこと言って前に出たんですけど……!
俺より前に出るレイン。
(なんか滅茶苦茶はずいんだが……)
「……泣いてないもん」
ゼノアが後ろで何か言っている。
にしても、アレンの事となるとすぐにキレるなこの女。前から思ってたが、やっぱコイツってレインとデキてんのか? 禁断の恋ってやつ?
「フンッ! 無能な王に無能と言って何が悪い。それに仕える貴様もまた無能なのだろう売女が」
あ、マズイ。レインとかいう女相当キレている……。血管が浮き出すぎて、今にも吹き出しそうだ。
「……あなた方は私を怒らせました」
「だからなんだと言うのだ。売女風情がワシらに――」
その瞬間、白のフードを被った者の一人が吹っ飛んだ。レインの手には棍棒のような物が握られていた。
いつの間にそんなもん持ってたんだレイン! お前まさか俺と同じマジシャンか!? …………おっと俺は魔法使いだった。
魔法使いからマジシャンになった事で俺は一体これからどっちを名乗れば良いんだ……?
「貴様! ワシらと敵対するつもりか!」
「敵対……ですか。それはこちらのセリフです。今までは守るべき民が居ましたので、あなた方に言われるままで居ましたが、その守る民ももうここには居ない」
「ぬっ……やれ! この女を殺せ!!」
フードを被った者達が次々と刃物を手にレインに飛びかかる。しかし、レインはその棍棒のようなものを片手に持ち、次々と白のフードの者達をなぎ倒していく。
(え……この女、主より強くね?)
俺の予想通りだった。
一方、その仕えるべき王は未だ玉座にて、眠っている。…………俺が眠らせたのか。
「バカな! ワシらがこんな売女風情に――ぐはっ!?」
「私、あなた方を生かしておくつもりはございませんので」
やばい……めちゃくちゃ怖いんだけど。マジで老人相手にも容赦ないなこの女……。
「……はぁ…………仕方あるまい。お前達、やるぞ」
「……うむ、やむを得んな」
なんだ? 何をする気だこいつら。
老人達は皆、両手を上げ何かを唱えだした。
「『邪神ダークスレイヴよ、我らの生命を糧に、目の前の者を飲み込み、再び邪の覇者となれ』」
「――っ!? マズイ! させませんっ!!」
レインが詠唱する老人達に向かって飛び出した。
「もう遅いわ! 『邪龍召喚』!」
「しまった……! 皆様! お逃げ下さ――」
「フンッ…………逃げ場など……ない……わ……」
老人達は白いフードだけをその場に残し、溶けるかのように体が消えた。
……
…………
………………
「ああ……終わりです……恐れていた事が……」
レインが頭を抱えて膝から崩れ落ちた。
「おい! 何だよ! 何が起きたんだ!」
「『邪龍召喚』の儀式をやられました」
「だからその邪龍ってなんだって聞いてんだ!」
いかにもやばそうな名前だ。俺のレベルで勝てるだろうか……。
と、俺がレインを問い詰めていると、ゼノアが俺に説明してくれた。
「……『邪龍ダークスレイヴ』。かつていくつもの国を滅ぼしたとされる災厄そのもの。またの名を『災厄龍』」
「なんかヤバそうだな。そんな奴が今から来るってのか?」
「ヤバいなんて言葉では足りないよ。僕達が何人居ても勝つのは無理だ。ただ蹂躙されるのみだよ……柊、君が居てもね」
なるほど、つまり逃げても無駄ってことか。しかし、いつ現れるんだその邪龍とか言うやつ。何も起こらないが……。
「…………来たよ、お兄ちゃん」
今まで黙っていた珠希がそう言うと、城内だと言うのに視界が急に真っ暗になった。
(なんだ!? 視界が急に暗く……)
「――おい皆! 無事か!?」
「はい! 今のところ大丈夫です!」
「その声はフィーレか! 他の皆は?」
……………………誰も返事がない。
「おい、嘘だろ? 無事なやつは返事しろ!」
「…………柊さん、恐らく皆さん飛ばされたのかと」
「飛ばされた……? 転移したってことか? なんで俺達だけ飛ばされてないんだよ」
「いいえ違います、飛ばされたのは私達の方です」
俺達が飛ばされた……? よりにもよってフィーレと二人でか……。
「私が見た本によると『邪龍ダークスレイヴ』はかつて、魔王の手によって作り出された、魔物の王の内の一体です。しかし、ある魔法使いによって封印された邪龍です。そのせいか魔法使いを酷く憎んでいるとされています」
フィーレが淡々と語りだす。その顔はいつものようなとぼけたようなものでも、楽しく語る様子でもない。その初めて見るフィーレの顔を前に俺は、これが最悪な状況なのだと確信する。
(魔法使いを憎む……か……まさか)
「……あの中で魔法使い職は俺達だけ……」
「はい。なので私達だけが飛ばされたという事ですね」
とばっちりにも程があるだろ! 魔法使いを憎むおは勝手だが、俺達はその封印した魔法使いじゃないぞ!
(そもそも俺今、マジシャンみたいだし……)
……ん? いや待てよ? その邪龍様に魔法使いとして見られたってことは、つまり俺はこれからも魔法使いと名乗って言いわけか! マジシャンではなく、魔法使いだと!
俺はこんな状況なのにも関わらず、少し浮かれていた。
「で、その『邪龍ダークスレイヴ』というのは何が弱点だ」
「効きませんよ」
「…………は?」
そんなのありかよ……攻撃が効かないとか反則だろ……。と俺が頭を悩ませていると、フィーレが続けた。
「邪龍は魔法使いによって封印された恨みから、”魔法攻撃に高い耐性を持ってしまった”と、私が見た本にはそう書かれていました」
つまり魔法使いだけを自分の戦場に上げ、一方的に蹂躙するのか。『災厄龍』というか『最悪な龍』だな。それとも姑息龍?
「…………ん? 待てよ? なぁフィーレ」
「はい、何でしょうか」
「お前、偉く落ち着いてないか? いつもなら、『柊さぁ〜ん!』って俺に頼って来る所だろ?」
「そうですね。いつもならそうです。……ですが、今回も私には柊さんが居るので」
おいおい、今回ばかりはいくら俺でもどうしようもないぞ……
「偉く信用されたもんだな俺。……だが、信用してくれている所悪いが、相手さんに攻撃が効かないんじゃ俺だって勝てんぞ」
信用してくれるのは嬉しい。しかし、攻撃が効かないんじゃ俺でも――
「だって柊さん魔法使いですけど、魔法使わないじゃないですか」
「…………ああ、”使えない”んじゃなくて、”使わない”んだけどそれがどうした?」
俺は使わないを強調した。
「私、効きませんとは言いましたけど、まだ何がとは言っていませんよ?」
「は? なんだよそれ、ナゾナゾ博士かお前」
「『邪龍ダークスレイヴ』に魔法攻撃は耐性によりほとんど効きませんけど、それは魔法攻撃のみです。物理に耐性はありません」
「…………あぁ、そういうことね」
マジか。ならその邪龍ってやつからすれば、俺は天敵じゃねぇか。なんせ俺は物理で殴る魔法使い、だからな。
「ベストカップルだな俺と邪龍」
「そうですね、お似合いです」
全然嬉しくないカップルだ。こんなカップルじゃどっかの師匠も椅子から転げ落ちないだろう。
だが、その邪龍が一向に姿を見せない。そもそも視界が真っ暗で何処にいるのかすら分からない。
「なぁフィーレ、灯りないか?」
「灯りですか? 『ファイアーボール』なら……」
「それでいい! 使ってくれ!」
真っ暗じゃ邪龍が何処にいるか分からないからな。灯りが必要だ。
「でも私、今杖持ってませんのでマッチの火くらいにしかならないですよ?」
なんで魔法使いなのに杖持ってねぇんだよ。俺も人の事言えないけど。
「……マッチの火でいい使ってくれ」
「え、いいんですか? ……分かりました。『ファイアーボール』!」
フィーレは魔法を唱えた。その瞬間、フィーレの人差し指に小さな炎が灯る。
「……本当にマッチの火だな」
「だから言ったじゃないですか」
「まぁいいだろ。フィーレ、先に謝る。悪いな」
「え? なんですか急に」
「スキル『イリュージョン』!」
俺はフィーレのローブを引きちぎり、スキル『イリュージョン』で松明へと変化させた。
「……よし、松明の完成だ」
「え…………きやあああああああああ」
「おい騒ぐな! 邪龍とやらが近くにいるかもしれねーだろうが!」
「だ、だって柊さんが私のローブを……」
フィーレは下着姿になっていた。
「仕方ないだろ、お前杖持ってきてないし。杖があればそれを燃やして松明にしたけどよ」
「魔法使いの命の次に大事な杖をなんだと思っているんですか! そもそも私じゃなくて、自分のローブを燃やせばいいでしょう! 女の子を下着にするなんて何考えているんですか!」
やめろよその言い方……俺がセクハラしたみたいな。
「俺が戦うんだ、俺が下着姿で戦う訳には行かないだろうが」
「だとしてももっとやりようが――」
そんなやり取りをしていると、全身に響く咆哮と共に邪龍が姿を現した。
(お、思ってたよりデカいな……)
てっきり、一戸建ての家くらいを想像していたが、その龍は俺が想像していた十倍くらいあった。
(……高層ビルときたか)
「フィーレ、松明持ってろ! 絶対消すんじゃねーぞ! もし消えたら次はその下着を燃やすことに――」
「絶対に消さないと約束します!!」
邪龍ダークスレイヴとの戦いが幕を開けた――。
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