第十九話「悪意の始まり」
俺はやけに騒がしい物音で目が覚めた。音は宿の内と外から聞こえてくる。まだ夜だってのにだ……いやもう夜か。俺はその間ずっと眠っていた。なんかここ最近ずっと寝てばかりな気がする。
魔力を消費した訳でも無いのにここ最近やけに眠い。
ま、消費する魔力なんて俺には元々無いのだが。
「……うるせぇなぁ、今何時だと思ってんだよ」
誰かが叫ぶ声がする。こんな夜中に。俺はベッドから立ち上がり、部屋の中を見渡した。
「一体なんの騒ぎだよ」
(……あれ? あいつらどこに行ったんだ?)
フィーレ、珠希、ゼノアの三人が居ない。この部屋には俺一人だけが取り残されていた。俺は部屋の窓から外を見る。
「……なんだよ……これ」
俺の目に映ったのは、住民同士が争っている光景だった。殴り合いにまで発展している者までいる。
「こんな状況だってのにあいつらどこに行ったんだ? なんで起こしてくれねぇんだよ」
明らかに普通じゃな光景を目の当たりにした俺は急いで部屋を出る。すると廊下に恐らく宿に泊まっていたと思われる者が何名か倒れていた。
「……おいおい! まさかこれ全員死んでないだろうな!?」
俺はこの異常な光景に危険を感じ、急いで宿を出る。
(アイツらが心配だ……!)
倒れている者達を避けて歩いていく。
くっそ! マジでアイツらこんな時にどこ行きやがったんだよ……!
「――きゃっ!」
「うぉ!?」
いきなり部屋の扉がが開いた。
「ビックリした……ってなんだ、お姉さんじゃないですか」
「あれ? 柊さん?」
ドアを開けた人物はギルドのお姉さんだった。
(また夜の遊びでもしていたんだろうか……)
「この騒ぎはなんですか?」
「知りませんよ、こっちが聞きたいくらいです」
お姉さんも知らないのか……だとしたら突然起こったイレギュラーってとこか。異世界あるあるだな。
「とにかく一刻も早くここを出ましょう。ここにいたら危ないので」
「はい、しっかり守ってくださいね!」
そりゃ一応守るけど、お姉さんなら自分の身くらい自分で守れそうな気がするんだよなぁ。
俺はお姉さんの前を歩き、宿を出た。特に宿の中で襲われるというような事はなかった。お姉さんは俺に抱きつく形で怯えていた。しかもいつものギルドの服装じゃない。お姉さんはバスローブを一枚羽織った状態であった。このお姉さんの状況から察するに、お姉さんはどうせまた大人の遊びをしていたのだろう。そこで急に騒ぎが起きた……そんなところだろう。
(何真剣に推理してんだよ俺は)
というかこの人、ずっとくっついてんだが。柔らかいものが背に当たっている。健全な青少年である俺にこれは刺激が強すぎる。
「……あ! 柊さん! 皆さん! 柊さんが起きてきましたよ!」
と、フィーレが言ってくる。
「なんの騒ぎだ? ……てかそれより、起こせよ」
眠っている間に襲撃でもされたらどうすんだ。
「私と先輩は起こそうとしたんだけど、ゼノアがダメって言ったんだよ」
俺の問いに珠希が答えた。
「なに? おい、ゼノアどういうことだ」
「……僕は君にこれ以上迷惑を掛けたくなかった。それだけだ」
「迷惑? 何の話だ」
迷惑というならフィーレに何度も掛けられている。当の本人は何も思っていないようだが。
「で、これは何だ?」
「……端的に言おう。アレンの噂が流れた。”人殺しの王”、とな……」
なんだよそんなことかよ。恐らく俺を嵌めた酔っぱらいを俺の目の前で殺したことを言っているのだろう。
「にしてもそれでなんでこんな騒ぎに発展してんだよ、おかしいだろ」
中には殴り合う者に、悲鳴を上げる者もいる。
(俺とアレンの戦闘を見ていたものが情報を流した……?)
「……君には言っていなかったね柊。アレンは人を殺すような王では無い。むしろその逆……民を守る為に尽力していた」
「ならそんな噂一つでこいつらが暴れるってことは無いだろ。自分の王すら信じる事が出来ないのか?」
「そう、まさにそれだよ。今、アレンを『信じる者』と『信じぬ者』で対立しているのさ」
信じる者と信じぬ者か……よく言ったものだな。俺なら単純だ。王であるアレン本人に直接聞く。噂ごときで争うなんて醜い。
「今まで守ってくれていた自分の王すら信じる事が出来ないやつなんてぶっ飛ばせばいいだろう」
「……そういう訳にはいかない。現にアレンは人殺しをした。それは紛れもない事実……誰も悪くないのだ」
……ん? ゼノアのやつ、やけに俺の話を信じるんだな。あの日その場にいたのは、俺とアレンと側近、あとは……モブ兵達だ。それなのにまるで自分の目で直接見たかのような言い方だな。
「……知らん。どいてろ」
「おい! 何をするんだ柊! やめろ!」
ゼノアは俺を止めようと腕を掴むが、俺はそれを振りほどく。
「俺はただ見ているだけの人間にはなりたくない。見てみぬフリなんて誰にでも出来ることだ。誰でも出来ることをやっても成長しない。誰でも出来ない事をやるからこそ、意味があるんだろうが」
「……どうしたんだ柊……君らしくない……」
俺らしくない、か。そうだな……確かに今のは俺らしくないかもしれない。何故かは分からないが俺の感情が昂った。許せないと、そうおもった。俺はそんな人間じゃないはずなのに。
そして俺は、殴り争う民達に向かって大声で叫ぶ――。
「おい、お前らっ!! 自分達の王だろ? だったらうだうだ言ってないで自分達の王を信じてやれよ!!」
「なんだお前は! 誰なんだ!」
「……おい待て……あ、あいつは……杖で殴ってくるって噂の…………」
魔法使いってか……? 杖で殴ってくるってとこは事実だしいいが、せめて魔法使いまで言ってくれ。それだけだとただ杖で殴ってくる不審者だろうが。
「……あ、ああ知っているぞ! そういえば最近犯罪を犯したって噂の男だ!」
「あ、あいつが……」
――民達は次々と声を上げ俺を見る。
ほらみたことか。魔法使いって言わないから間違った情報が伝染しちまったじゃねぇか。
「フッ……そうか! 俺は分かったぞ! お前がアレン様を人殺しに誘導したのか! おいお前ら! こいつだ! きっとこいつが元凶だ!」
おいおいなんだか全員俺しか見てないぞ? さっきまで殴り合いしてた奴らも手を止め、悲鳴を上げていた者も、もれなく全員俺の事を見ていた。その目はもう獲物を見つけたと言わんばかりの目である。
「……だから言ったのに」
ゼノアは頭を抱えてそう呟いた。
「こいつがアレン様を……お前らぁぁぁぁ! やっちまえぇぇぇぇぇ!」
民達が全員俺に向かって殴りかかってきた。
(おいおい……! マジかよ!)
コイツら自体は俺の敵じゃないが、こうも囲まれては……俺の視野にも限度がある。紙装甲である俺は一撃すら致命傷になりかねない。それにコイツらを殴ったら、本当に俺、あの王に暴行罪とか言われないか……?
もしかして、俺出しゃばり過ぎたか……? そう思った時――
「待て」
その声は夜の街に響き渡る。威厳のある声であり、つい最近聞いた声。
「ア、アレン様……」
その声の主は真っ赤な鎧に威厳ある立ち振舞いを魅せる者。この国の王、アレン・フォールズとそれに仕える者レインである。
「どうやら遅かったようだな……」
「そうですね、アレン様」
二人は落ち着いた顔で状況を瞬時に理解した。
「俺が人殺しという噂が流れているようだが……それは事実だ」
「な……そんな…………」
民は皆、驚いている。俺へ殴り掛かって来ていた者達もその言葉に思わず動きが止まった。
「なぜですか! アレン様! あなたは人殺しはしないと……! それを決めたのは他でも無い、あなたではないですか!」
民の一人が声を上げる。
「その通りだ。だがもうそんなものは無い! 俺が直々に手を下したのだ! 俺が殺した所を目撃した者もいる。……そうだろう、レイン」
「はい」
アレンはレインに目で合図する。そしてレインが続く――
「私達の王アレン様が人殺しをした現場は、このレインが確かに目撃しました」
「レイン様まで……アレン様にずっと仕えているあなたが言うなら、あの噂は本当なのですか……?」
「はい、事実です」
民の言葉を否定しないレイン。よく見ると彼女は唇を噛み締め、口から血を流していた。民達の中に気付いたものは居ない。俺以外皆、この場でこの違和感に気付いている者は居なかった。
(……何か事情がありそうだなこの茶番は)
「皆も聞いたであろう! 俺をよく知るレインが証人だ! これがお前達の王の本性だ! もし、これでも俺の事をまだ王と呼ぶ者が居るのなら付いてくるがいい。命くらいは守ってやる!」
アレンは覚悟を決めた表情で街中に響き渡る声で言う。その言葉に困惑する民。
「……俺は無理だ。人殺しが王なんて俺は……」
「俺もだ。自分がいつ殺されるか分かったもんじゃない。俺はこの街を出る……アンタを信じていたのに……クソッ」
民達は次々と非難の声を上げ、その場から離れていく。あれだけ騒々しかったはずが、今は静けさだけがこの場に残った。
「…………これで良いのですね、アレン様」
「ああ……レイン、悪かったな」
「……本当です。これっきりにして下さいアレン様」
「すまんな」
アレンとそれに仕えるレインは、この国を離れていく民の背中を悲しげな表情で眺めていた。
俺はそんな二人の表情を見て、ゼノアにアレンについて聞いてみる。
「とんだ茶番だな……ゼノアならアイツの意図、読めるんじゃないか?」
「……ああ、少なくともこれしか方法が無かった……苦渋の決断だったのだろう、アレンのやつ」
これは事情を聞く必要がありそうだな。俺がそう思っていると、アレンの方から俺に近付いてきた。
「久しぶりだな、犯罪者よ」
「久しぶりでも無いし、犯罪者でも無い」
「ハッハッハッ! 良い返しだな柊よ!」
アレンは笑い飛ばした。おれは一瞬腹が立ったが、それもアレンの表情を見たら直ぐに収まった。目が笑っていなかったからだ。
「…………お前にも悪いことをしたな」
「何がだ」
「……いや、何でもない。……さぁお前達も早くここを出るといい。こんな所にいても俺と貧乳しか居ないぞ」
アレンはレインに指を差し言う。レインはその指を掴むと、逆方向に向け俺達に軽く会釈した。
「痛い痛い痛いレインッ! ちょま、冗談だ! 冗談だからやめろ指が折れちゃうぅぅぅぅぅ」
(……早くってなんだよ……まるでここに居たら危険と言っているようだな)
俺はそんな仲睦まじい二人の姿を見て思った。この二人はお互いを信頼し合っていると。王とそれに仕える者だけの関係じゃないことを。これは長い時間を掛け、築いた関係だ。そんな二人を見ていると放って置くわけにはいかないと考えた。
だから俺はあえてこう返すことにした――
「……それは面白そうだ。この国の王になるのもいいかもな」
「……なに? 俺がいるというのに王になると?」
「俺はあんたに一度勝ってる。なら別に俺が王でも良いだろ?」
「あの時は本気では無い」
「それは俺も同じだ」
俺とアレンが言い合っていると、ゼノアとレインが間に入ってきた。
「お止めくださいアレン様、今はそんな事をしている場合ではありません」
「柊、君もだ! 少し落ち着け!」
「「落ち着いてんだよ」」
俺とアレンはハモった。その目線の先には時計塔がある。俺達が見ていたのは時計塔であるが、時計では無い。その視線は頂に立つ者である。
「なぁ、アレン様よ? アレが今回の件の首謀者か?」
「そうみたいだ、柊よ」
俺とアレンの視線に気付いたそれは、姿を消した。
「事情を話せアレン」
「……お前はそれを聞いてどうする柊」
「聞いてから考える。俺はそもそもこの国の民じゃない。故にお前の指図なんて受けない。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「…………良いだろう。レイン、こいつらを城へ案内しろ」
「……良いのですか?」
「構わん。聞きたいなら聞かせてやるだけだ。暇つぶし程度にはなるだろう」
アレンはそう言うと、城へ向かって歩き出した。それに続いてレインが歩き出す。
「……では、案内します。皆様、私の後に着いてきてください」
俺達はレインに着いていき、城へと向かう。俺は二度目の入城だ。
「…………あのー、私はどうしたらいいのでしょう……?」
バスローブ姿のお姉さんは、少し考えた後、何故か一緒に付いてきた。
(いやなんで付いてくるのお姉さん……?)
「……そこ、干からびさんと言いましたか。あなたは少し距離を取りなさい」
「柊だ。……あんたよ、自分の王が負けたのがそんなに気に食わないのか? だったら最初からそう言えよ。名前で仕返しとか小学生か? ネチネチ根に持ってんじゃ――」
俺がそう言うとゼノアが俺の口元を抑えてきた。
「――っ!?」
「おいっ! 辞めないか柊!」
なんで俺……? 俺は言われたら気が済まない男だ。ゼノアの手を振りほどき続けた――
「ハァ……何すんだゼノア! コイツから仕掛けてきたんだろ? ……まさか、アレか? 貧乳同士気が合うとかそんな――」
俺がそう言いかけた瞬間、瞬きをした後の俺の視界にはレインが立っていた。
「……え?」
早い……! 俺の目はレインの姿を捉えることが出来なかった。
(こいつ……なんて早さだ!?)
「……いいですか。あなたはアレン様が許しているから今、息を出来ているのです。ですが、私はまだあなたを許してはいません。その辺、誤解なきようお願いします」
「あっはい」
俺の首元には手刀とも呼べるモノが当てられていた。俺は思わず反射的に返事してしまった。
「……分かれば良いのです」
レインは俺の首元から手を離すと、再び歩き出した。
「…………はぁ、ビビった」
あの女、やはりデキるな。俺の想像通りアレンなんて話にならないくらい強い。実力を測る為にあえて怒らせてみたが、まさか油断していたとはいえ俺の目でもその姿を捉えられなかった。
目を開けた瞬間、初めて本物の『死』を感じた。思わずこの年でちびりそうになった。
(これは俺ももっと強くならなければな)
にしてもこの世界の住人は俺と珠希の考えでは『レベル』が存在しない筈なんだが……おかしいな? やはり『レベル』は転生者だけの特権じゃないのか……?
「柊……」
「……ん? なんだゼノア」
「城に着いたら話がある。大丈夫、動物の話さ」
あ、やばい。貧乳って言った件で怒らせたか。ゼノアが今まで見たこと無いくらい滅茶苦茶笑顔だ。でも目は鋭い。
「いや、待て。アレは違う」
「何が違うのだ?」
「…………動物の話って具体的にどんな話をするんでしょうかゼノア……さん……?」
「動物の生体についてさ」
「あ、生体でございますか。動物の体の仕組みって気になりますもんね」
「だろう? そういえば僕達男って生き物には、致命的な弱点がぶら下がっているだろう? 弱点なのに体から飛び出しているんだ。不思議だとは思わないか? 体の中に収まっているか、そもそも無くても良いんだ。それなのに体から露出している、不思議だろう?」
「……そうですね」
「だからいっそ取り除かないか? なに、弱点が無くなるんだ。良いことしか無いだろう?」
それは男としての威厳とか色々失ってはマズイ弱点なんだよなぁ。
「ごめんなさい辞めて下さい本当にすみませんでしただからその手に持つ短剣を納めてください」
俺は城に着くまでの間、ゼノアにひたすら謝り続けた――。
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