第十五話「ギルティ」
俺は今、牢屋に居る。この国の王であるアレンを侮辱したからとかいうそんな理由で……。
「はぁ……しかもなんで俺だけ?」
牢屋の中は冷たいコンクリートで出来ている。トイレも無ければ机や椅子すらない。何も無い。静寂だけが俺の心を支配する。
「…………暇だ」
せめてアイツらが居れば時間つぶしにでもなったんだがなぁ。今程アイツらの事が恋しいと思ったことは無い。
「元気かなぁ……アイツら」
俺は三角座りをしながらそんな事を考えていた。すると――
「出ろ」
と、看守様から言われた。
「え? もう出ても?」
「ああ。アレン様から直々のお呼び出しだ。いいか、くれぐれも失礼のないようにするんだぞ。さすれば、死を免れる事もある……かもしれん……」
そこは言い切ってくれよ、免れる事ができると……。
「助かります」
とはいえ、この看守様めちゃくちゃいい人なんだよな。牢屋に入れられてから一日が経過している。腹が減ったと言えば、こっそり菓子をくれた。
喉が渇いたと言えば、水をくれた。本当はダメなんだからな? と毎度言いながらくれるツンデレな看守様。
「ああ見えてもアレン様は話の分かるお方だ」
(いきなり牢屋にぶち込む奴が話の分かる奴? んなわけあるか)
「大丈夫です。もう失礼な事は言わないので。今までありがとうございました」
「いいさ。お前も元気に……は違うか。死んだら花くらいは持ってってやる」
「看守さん……」
この人やっぱりいい人だ。グラサンとか掛けて見た目めちゃ怖いけど、凄くいい人だ。人は見かけによらないもんだなぁ。でも、この看守さん、俺が死ぬ前提で話してるよな。
そうして俺はようやく牢屋から出る事が出来た。看守様に一礼し歩いていく。短い間だったけど、ありがとうございました看守様。
「――ちょっと待て!」
看守様に呼び止められた。
「一人で行くな」
「……え?」
「俺も着いていく。一応見張り役が必要だからな」
「……ですよね」
***
「昨日ぶりだな犯罪者よ」
お前が犯罪者に仕立て上げたんだろうが。と、思ったけど言わない。看守様との約束だからな。失礼な事は言わないようにしなければ。
「アレン王、此度は失礼な言動をした事、深く反省しております。ですので、何卒お慈悲を」
「……うむ、頭の悪いやつかと思っていたが、なかなかに口は回る様だな……しかし、許す事はできん」
「……何故でしょう? 理由を聞いても?」
確かに俺は失礼な言動をしたかもしれないが、なにも死罪にする事は無いだろう。あんな事で死罪にするならコイツは王に向いていない。短気にも程がある。
「理由はある。そもそも、俺が何故お前達の宿に出向いたか分かるか?」
「……いいえ」
確かに。結局なんの用で俺たちの元へやってきたんだこのアレンとかいう王は。
「柊と言ったな。お前に暴行罪の容疑が掛けられている」
「なに?」
「フンッ、まだあるぞ? 他にも強制わいせつ罪や恐喝罪。俺はそんな犯罪者を見極める為にお前達の元に来た。王である俺自らな。そいつがまさか侮辱罪まで増やしてくるとはな……俺が言うのもなんだが……ドンマイ」
いやいや! 侮辱罪は認めるとしても、他の罪は俺知らないぞ!?
「……なんだ? 不服そうだな」
「ええまぁ。俺、そんな罪知らないんで。誰かの陰謀にしか思えないです」
「おい貴様! 王に向かってなんて口の聞き方だ!」
兵達に囲まれ、槍を向けられた。
「よせ、構わん」
玉座に座り、肘をつきながら兵達を引かせるアレン。
(一応こいつ本当に王みたいだな)
王の一声で兵が即座に引いた。
「……面白いな柊よ。ただの犯罪者では無い所がまた面白い」
「いやだから、俺犯罪者じゃないって言ってんだろうが」
「おい貴様また――」
兵が俺にそう言いかけた時、アレンが玉座を立った。
「……柊。確かにお前を見ていると嘘をついているようには見えん」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「つまり、お前は誰かに罪を擦り付けられたと、そう言いたいのだな?」
「ああ、そうだよ」
やっと分かったか。確かに看守様の言う通り話が分かる奴なのかもしれん。しかしだ。話が分かるならここに連れてくる必要など無いはずだ。よって、こいつはやっぱり話の分からないやつと俺は断言する。
「……よし、では証人を呼ぶとしよう」
「…………証人?」
なんだ証人って。俺に罪を擦り付けた張本人って事か? いいぜ、そっちから来てくれるってんなら出てきた瞬間ぶっ飛ばしてやる。今の俺に杖は無いが、STRにステータスを振っているんだ。そうそう負けることは無いだろう。
「証人、ここへ」
アレンがそう言うと、誰かがこの玉座の間に入ってきた。見慣れた顔だ。飽きる程見た顔がそこに居た。
「…………なにしてんのフィーレ」
「え、あの……何故か呼ばれたんです」
おい、証人ってフィーレの事か? 何故フィーレがここで出てくるんだ。何を証言するつもりだ。何もしてないぞ。
「フィーレ・フェルレンシア。お前はこの者に胸を触られたと聞いたが本当か?」
「え? あ、はい」
おい、なにしてんだフィーレ。あれは事故だと言ったろうが!
……そうか、これがアレンが言っていた強制わいせつ罪か! いや、だとしても暴行罪とか恐喝罪は知らないぞ! 俺はフィーレにそんなに暴力的な事は一度もした事がない!
「……そうか。ではもういい。下がれ」
「…………え? それだけですか? あれれ〜?」
フィーレは兵に連れて行かれ退出した。
「…………これで一つ目は立証した。何か言いたいことはあるか?」
「あれは事故だ! しかし、他の罪はマジで知らないぞ!」
「そうかわいせつ罪は認めるという事だな。では次の証人を呼ぶとしよう」
まだ居んのかよ証人。今度こそ身に覚えがない。出てきたらぶっ飛ばしてやる。
「証人よ、ここへ」
またこの玉座の間に一名入ってきた。
「冒険者ワルガーよ。お前はここに居る柊に暴行および恐喝をされたと聞いた。そういえばこの話を俺に直接持ってきたのもお前だったな」
ワルガーという奴がこの玉座の間に証人として現れた。そしてその顔を俺は見た事がある。いつぞやの俺に絡んできた酔っ払いのチンピラ冒険者だ。
「そうです王よ! コイツは! 柊とかいうそこの男は、私が普通に歩いていると、あろう事かいきなり私を杖で殴ってきたのです! それだけではありません! 次俺の前を歩いたら殺すと脅されました! 王よ! そいつを死刑にして下さい!」
なんだコイツ。デタラメなことばっか言いやがって。
「おいちょっと待て! 俺は――」
「待て」
アレンは俺の言葉を制止する。
いや待てねぇよ! そいつ事実と違う事を言ってるぞアレンさんよ! 実際は喧嘩を吹っ掛けてきたのはワルガーとかいう男だ。それに脅してはいない。なんなんだコイツ。俺に恨みでもあんのか? ……いや、あるからこんな事してるのか。
「ワルガーよ。俺の目をよく見ろ」
アレンは玉座から離れ、ワルガーという男の元へと近づいた。
「お前は俺に嘘をついていないと、誓えるか?」
「は、はい! それはもちろん! 『神エシル』に誓って!」
「……うむ、そうか。分かった」
(おい! 分かるなよ! そいつの言葉全部嘘で塗り固められてんぞ!)
しかし、俺は声を出さない。もしまた、勝手に発言すれば本当に殺されかねないからだ。
アレンは証人ワルガーの元から離れていく。
「王よ! ご理解頂き感謝します! ……フッ」
ワルガーが俺の方を見てニヤリと笑った。
(クソ野郎が)
「ワルガーよ」
「はい!」
「俺に嘘をついたな」
「……王よ、なにを?」
…………ワルガーの首が落ちた。アレンの手には血に染る剣が握られていた。
ワルガーの元を離れたと思いきや、その場所から動かず一閃――。
「……な、何してんだよ」
「俺は嘘が嫌いだ。こいつはあろう事か神エシルに誓った」
「それが何だよ」
だから神マキナとか神エシルとか誰なんだよそいつら。
「この世界で神エシルは道化を意味する。悪事を働く者達が信仰している神で有名だ」
「ならなんでそんなのに誓ったんだこいつは……」
そんなに有名なら嘘がバレるって分かるだろう。
「いや、こいつは神エシルを心から信じているのだ。なんと言われようとも、神エシルは善神だと。人は生まれた時、環境によって人格が生成されるものだ。親の背を見て子は育つとはよく言ったものだ……悪は生まれながらに悪なのだ」
いや、環境が悪いから悪と決めつけるのは違う気がする。環境が悪くても必死に努力し生きている奴もいるだろう。
「……俺はそうとも言いきれない……と思う」
「なんだと? ……言ってみろ」
「確かに生まれた環境は人に大きな影響を与えると思う。だが、悪いやつでも罪を認めて、更生するやつもいる……少なくとも俺の故郷はそうだった」
「だが、それは全員では無いだろう」
「……そりゃまぁ」
罪を犯し続ける者もいる。更生出来ず、同じ過ちを何度も繰り返す者はやはりいるものだ。
「なら俺の考えはこうだ。悪は生まれながらにして悪。俺の考えは一貫して変わらない。だが勘違いするな。俺がこいつを斬ったのはエシルを信仰しているからというだけじゃない。こいつは嘘の目をしていた。……俺には分かる。分かってしまうのだ。だから斬った。エシルを信仰している点は、判断材料としては欠片程にも満たない」
アレンは俺の目をその鋭い眼光で見つめ、そう言い放った。
……こいつは確かに王だな。何も考えていないと思っていたが、色々頭の効くやつか。……いや、フィーレ呼ぶ必要あったのか?
嘘見抜けるなら最初から言えよ。アレンは血を払い、剣を鞘に収めると、再び玉座へと座る。
「……さて、此度の件だが。柊、お前は有罪だ」
「なんでだよ。今解決したみたいな流れだっただろうが」
「侮辱罪、強制わいせつ罪。この二つは健在だ」
あーなるほどね。それは……うん、否定できないわ。
「だが、俺もまた自分の目を心から信じている。そこのワルガーが神エシルを信じていた様にな。その俺から言わせれば、お前は悪い奴ではない」
「当たり前だ。むしろ俺は魔王を倒せるくらいの逸材だぞ……多分」
言っててなんだか恥ずかしくなって思わず、最後の方は自信が失くなってしまった。
「魔王とな……ハッハッハ! 面白い!」
アレンは大笑いした。その声は玉座の間に響き渡る。兵士達もそれにつられて笑い出す。側近の女性はピクリとも笑わない。
「お前が魔王を倒す? 言っておくが、魔王はこの世で一番強い。かつてこの世界には何人もの勇者と呼ばれる者が魔王に挑み、その度に敗北していると聞いたことがある」
「だったら俺が倒してやるよ魔王」
俺にはステータスがある。レベルアップの条件が分からない現状だが、いずれは魔王と戦ってみてもいいかもな。その時はレベルをカンストにまで上げてから挑みたいとこだが。
「……お前に本当に倒せる実力があるなら、俺がお前の罪を帳消しにしてやろう」
「そもそも俺は罪を犯していないがな。全部事故だし」
「では――」
アレンは玉座を立ち、剣を抜いた。
「俺に見せてみろ。その実力を」
「ああいいぜ。実力で従わせてやるよ」
言って聞かないなら仕方ない。俺だって冤罪擦り付けられて腹立ってんだ。フルボッコにしてやる。
「……自信満々だな。言っておくが俺は強いぞ?」
「ああ、見れば分かる。だが、あいにく俺はまだ負け知らずだ。俺が負けるなんて想像が出来ないんでな」
「そうか。悔しいがその点、俺は負け無しではない。だが、お前には強さが感じられない。今もハッキリいって隙だらけだ。お前が俺に勝てるとは到底思えんぞ?」
この世界の住人はレベルの概念が無いはず。だと言うのにこのアレンからは只者じゃないオーラと自信に満ちあふれている。しかし、俺も負けてられない。このまま牢屋に戻るのは嫌だ。最悪死刑だろ? だったら戦う以外の選択肢が俺にはない。それをこのアレンは分かって言っているのだろう。……それと、俺にはフィーレを問い詰めるという使命があるからな。こんな所で死んでたまるか。
「では行くぞ柊」
「掛かってこい! …………ん? ちょっと待て! タイム! ターーイム!!」
無い……! 杖が無い! やばい、杖が無い状態でアレンと戦うのはマズイ! 死ぬ! マジで死ぬ!
アレンとの戦いの火蓋が切って落とされた――。
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