第十四話「アレン」
飯を食い終わり、気付けば夜になっていた。しかし、ゼノアにはいい店を教えてもらった。今度珠希やフィーレには内緒で一人でまた来よう。
「その時は僕も一緒にいいかな、柊?」
「あ、ああ」
ゼノアは腕を後ろに組み、俺の上目遣いで俺の顔を覗いてきた。また俺の心を読む奴がこんな所に……。もしかして俺って相当顔に出やすいタイプなのか?
こいつが女と分かってから、俺はゼノアとの接し方が分からない。
(何をドキドキしてんだ俺は……)
男だと思ったら女の子だった……これって結構ドキドキするもんなんだな。まさか俺がこんな性癖を持っていたとは。
「どうしたの? 柊」
「いや、何でもない。もう遅いしそろそろ宿に戻るか」
そもそもゼノアもゼノアだ。俺に女とバレてから何故か距離が近い気がする。まだ会ったばかりなのに何故こんなに距離感がバグってるんだこいつは。男なら何も思わないが、女となればな……彼女が出来たことがない俺に、こいつは毒だ。
……
…………
………………
「誰からお風呂に入りますか?」
宿に戻った途端、開口一番フィーレがそんなことを言い出した。
「別に誰でもいい。なんならフィーレから入っていいぞ?」
「いいんですか? では、先に頂きますね」
フィーレは聞いたことがない鼻歌を歌いながらルンルンで風呂に向かった。
「……なんの歌だよ」
「え? 知らないのかい?」
そういうのはゼノアだった。
「知らん。ゼノアは知ってるのか?」
「勿論さ。あれは『勇者を称える歌』だよ」
は? 勇者? あいつどれだけ勇者大好きオタクなんだよ。ちょっと引くわ。
「……お前も好きなのか?」
「好きというか……皆知っているというか……」
ああ、なるほど。つまり俺達日本人で言うところの、『君○代』って訳か。国家口ずさむってあいつ……。
この世界にはその勇者の歌しかないのだろうか。……だったら嫌だな。フィーレが歌っているからかもしれないが、ハッキリ言って不愉快なメロディーだ。
「……さて、俺は少し寝る」
「柊は風呂に入らないのか?」
「最後に入る。今日はなんだか疲れたからな」
「疲れたって……今日は何もしてないじゃないか」
昼まで寝て、夜までバーで過ごした……確かに俺は今日何もしてないな。しかし、気疲れがやばい。多分ゼノアのせいだな。
「ねぇお兄ちゃん! 今度は私と入ろ!」
「ああ……まぁ気が向いたらなぁー」
「待ちたまえ!」
ゼノアが話に割り込んできた。真面目な顔で。
「どうしたゼノア。もしかしてお前も入りたいのか?」
「…………柊、ちょっと来てくれないか? 話がある」
「冗談だ。だからそんな怖い顔しないでくれ」
ゼノアの顔が笑っていない。冗談も通じないのか。ほんと扱いが難しいな。
「いや、柊。珠希と入るというのは本気で言っているのか?」
「……まぁガキだしいいかなって」
「言いわけないだろう! 珠希は女の子だっ! 君は小さな女の子も恋愛対象なのか!?」
「いや何故そうなるんだよ! 誰がロリコンだ。俺のタイプは妖艶なお姉さんだ。勘違いするな」
「妖艶なお姉さん……?」
この国ではそういえば居ないな。…………あ、
「ギルドのお姉さんとかいいな」
「え、あの受付嬢みたいなのがタイプなのか……?」
「ああ。大人の女性は憧れるな。その点、うちのパーティーはガキしか居ないからな」
「いや、僕は大人だぞ。……というか話をすり替えるな! 珠希と入る事は僕が許さない!」
「じゃもういいよ。俺は寝る、好きにしろ」
俺は布団にくるまり、背を向け横になった。一方、俺の後ろではゼノアによる説教が始まっていた。
「珠希よ、よく聞くんだ。柊は男だ。男女が同じ風呂に入るというのはその……結婚した時だけだ!」
(なんだそれ。結婚しないと男女一緒に風呂に入ったらダメなのかこの世界の常識は)
「じゃあお兄ちゃんとゼノアは結婚したの?」
「…………え? あ、いや僕らは――」
「そうだぞ珠希。実は俺達、結婚しているんだ。だから悪いな珠希。そういう事だから一緒に風呂に入ることは出来ない」
「そんな……」
(どうだゼノア。お前の考えを逆手にとってやった。……あれ?)
「……なぁ、ゼノア。冗談だぞ? ……おい、聞いてるのか? おい!」
ダメだ。ゼノアの顔が真っ赤になって動かない。恥ずかしいなら結婚とか言い出すなよ。
「じゃあ俺はもうホントに寝るからな。お前らが入り終わったら起こしてくれ」
「了解だぞ! お兄ちゃん!」
ゼノアからは返事は無い。余程恥ずかしかったのか。まぁいいや、寝よ。
……
…………
………………
「――い! ……きろ!」
誰かが俺を呼んでいる気がする。……多分気のせいだ。にしても頭が痛い。飲みすぎたか……これが所謂二日酔いってやつか。
「おいっ――」
うるせぇ。頭に響くだろうが。
「んん〜……なんだよ……頭いてぇんだからもう少し声量抑えてくれ」
「それどころじゃないんだっ! 起きてくれ! 柊!!」
「ん……なんだ? どうしたゼノア。もう皆風呂終わったのか?」
「違うっ! 大変だ!!」
「何が?」
ゼノアがえらく慌てた表情である。こいつ焦るとこんな顔するのか。初め見た時はクールなやつだなと思っていたが、なんかもう全然クールでもなんでもないな。ただただ可愛い。
……いや、そんな事よりも、普段クールなゼノア(本人はそのつもり)がこんなにも可愛いのはおかしいだろ。
俺のゼノアがこんなに可愛いわけがない。……まぁ妹でも俺のでもないが。
そして、ゼノアが慌てていたそんな張本人が現れた。
「初めまして。俺の名はアレン・フォールズ。君達に用があってここに来た」
真っ赤な鎧を見に纏った男がそんなことを言って現れた。腰には立派な剣を携えている。
(……強いなこの人)
俺は一瞬で理解した。謎の雰囲気を醸し出すそのアレンと名乗る直ぐ側に仕える女に。……にしてもアレンってなんか何処かで聞いた事があるような。
「初めまして。俺は柊だ。で? アレンと言ったが、俺達に何の用だ?」
「面白いやつだ。俺にそんな口を聞けるやつがいるとは」
「は? なんだ? お前まさかタメ口が気に食わないとか言いたいのか? もしかしてお前、自分が一番偉いとか思ってるタイプか? 残念だが、俺は自分が一番偉いとか思ってるような奴が一番嫌いなんだ。そう言ってテストで赤点取ってるやつを山程見てきたからな。あと、勉強してないとか言って満点取るやつもな。まぁそういう事だから分かったらとっとと帰ってくれ」
確かにこいつは強いかもしれないが、だからと言って勝手に人の部屋に入ってくるのは違うだろう。常識ってもんがある。異世界だからとかそんなのは関係ない。
「……おい貴様、どうやらアレン様はお前の言っている事がよく分からないようだ」
「……ん? い、いや? 分かっっているぞ? つまりアレだろう? アレを言いたいのだろう?」
「アレン様、この者の言っている事が分かるのですか。流石です」
「当たり前だ」
いいや、多分コイツ俺の言っていること絶対わかってないぞ。
「お、おい…………柊」
「なんだゼノア。なんで小声?」
ゼノアが小声で俺に耳打ちしてきた。
「この方はアレン様……この『アレン王国』の本物の王だ」
「…………え?」
今なんて? ゼノアのやつなんて言ったんだ?
「……王? 誰が?」
「この方が」
「…………えっと……そうか、なるほどな。よし分かった」
「どうしたのだ柊殿」
つまりこの人は正真正銘この国で一番偉い人だったのか。そうと分かればやることは一つ。俺は手と額を地面に付け、
「すみませんでした」
土下座で謝罪した。
「ハッハッハッ! 面白いな柊殿は!」
アレンは大声で高笑いする。部屋にその笑い声が響き渡る。
「それじゃあ――」
「うむ、無理だ」
「……え? 今なんと?」
「無理だ。この国の王である俺を侮辱した。これは不敬罪にあたる。貴様は死刑だ、柊殿」
えぇ……それは無いだろ王様…………。この日、俺は死刑が確定しました。




