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7.聖女の発見

 ノエルは森の外に出て、馬に乗ると深いため息をついた。エーリエの母親が解いた呪いは、自分にかかっていた呪いなのではないかと思い当たったからだ。年を数えればぴったり同じだ。そして、解呪師はそう人数がいない。自分の呪いを祓った解呪師は、相当の高額で雇われたと言っていたが、それは「そうしなければいけないほどの重い呪い」だったからなのだろう。それに。大陸を渡って来たという話も決め手となる。すべてが繋がった。


(エーリエの瞳の色。あの色はこの大陸にはほとんどみない……そういうことだ)


 胸が痛む。眉をしかめながら彼は馬を走らせる。


(もし、そうだったら。彼女が人の顔を見られないのは、俺のせいだ……)


 それは、なんと申し訳ないことなのだろうか。だが、それを彼女に伝えたとしても、何の意味もない。きっと、彼女は「そうだったんですね。ノエル様の呪いが解けてよかったです」と微笑むのだろう。


「呪いを解く方法……」


 いや、そもそも呪い返しというものは解呪出来るものなのだろうか。呪術師・解呪師の世界を彼は少ししか知らないのだから当然わからない。


 彼がいくらか落胆をしてユークリッド公爵邸に着くと、エントランスで執事に「ご当主様がお呼びでございます」と告げられた。義父に呼ばれることは珍しい。ノエルはぴくりと眉をひそめ――仮面に阻まれて執事には見えなかったが――自室に戻らずそのまま義父の執務室に向かった。


「父上、ノエルでございます」


「入れ」


「失礼します」


「そこに座りなさい」


 ユークリッド家当主、ポウル・ケイオン・ユークリッドはノエルをソファに座らせた。長くなる話なのか、と心の中で呟いて、ノエルは「はい」と素直に座る。


「昨日までが王城当番だったか」


「はい」


 騎士団員だった時は騎士団の宿舎に寝泊りしていたが、騎士団長になってから彼はユークリッド公爵邸に呼び戻された。ユークリッド公爵邸は王城からそう離れていないため、彼はそこから毎日王城に通うことになった。同じく、マールトもまたナーケイド伯爵邸――ユークリッド公爵邸よりは王城から遠いが――に戻っている。


 第一騎士団から第五騎士団までの騎士団長は、5日間交代で王城に泊ることになっているが、ノエルは昨日までがその当番だった。


「では、話はまだ聞いていないな。先ほど、王城から使いが来た。聖女らしき者を発見したという話だ」


「聖女……本当にいたんですか」


「わたしも驚いている。が、どうやら本物らしい」


「そうなのですね」


 ノエルは眉をひそめた。聖女が王城に召し抱えられる。それは、300年ぶりほどの話だ。


 聖女といっても、その正体は単に治癒魔法の使い手だ。治癒魔法を使える魔術師はほとんどいない。だが、聖女は治癒魔法を潤沢な魔力で使い続けることが出来る。よって、騎士団その他、戦や内乱鎮圧やらで遠征に出る部隊に聖女を連れて行くことがほとんどだ。この国では現在内乱は起きていないので、一番負傷者が多く出る、魔獣の森に面した辺境警備の砦に行くのかもしれない。


 それだけを聞けば、聖女になんてなりたくない、ということになるが、聖女に一度なれば、一族郎党身分を保証され、報奨金を毎年与えられ、本人も高い地位を得る。例えば、辺境の砦に行くとなっても、聖女の身の回りを世話する者が5人ほどついて行くし、何の不自由もない生活が保障される。


 それほどに治癒魔法の使い手というものは重宝をされる。今はそれをポーションで代用しているが、ポーションは無限に作れるものではない。もとになる薬草は冬には手に入りにくくなるし調合師の数もそう多くない。だから、毎年冬になるとこの国は一時的にポーション不足になる。しかし、冬に動き出す魔獣もいるため、魔獣の森に面した辺境警備の人々に、王城からポーションを多く送る。そして、王城側ではポーション不足になるというわけだ。


「その聖女は18歳ぐらいだと言う話でな。まあ、まだ先の話にはなるが……王城に連れて来て、神官たちから洗礼を受けて、王城所属の治癒術師になるだろう」


「はい」


「そこでだ。国王陛下より、内々に話をいただいて……お前の婚約者にしたらどうかという話をな……」


 その言葉にノエルは声を荒げた。


「婚約者? 馬鹿なことを言わないでください。わたしのような、あちらこちらに呪いの痕が残るような者に……」


「聖女となれば、肩書きとしては国内でかなり上の方になる。もし、聖女が貴族であれば、きっと王子たち誰かとの婚姻が結ばれただろう。だが、聖女はどうやら平民のようでな」


「……なるほど」


 だが、王族関係の誰かと聖女と婚姻を結びたいということか。ノエルは深いため息をついた。


「聖女に失礼ではないですか。それに、わたしは既に王族でもなければ、ユークリッド公爵家の後継者でもありません」


「まだお前はわたしの後継者の候補だよ。ノエル」


「父上」


 それでは、自分が騎士団に入った意味がない。そう言いたくなったが、ノエルが声を出すより先に、ユークリッド公爵が言葉を続けた。


「と、わたしは思っているが、騎士団長になってしまうとな……ノエル。これは、聖女を王城に縛り付けるためだけではなく、国王陛下が陛下なりにお前を思ってのことだ」


「……とはいえ、聖女が本当にいらっしゃるのかどうか」


 そうは言っても、きっと本当に聖女を見つけたのだろうと思う。そうでなければ、まさか自分の妻にとまで話が進むわけがない。


 ノエルは聖女との婚姻を拒むつもりだったが、確かに自分の年齢を考えれば当たり前だ。ユークリッド公爵家には、更に年下の弟や妹がいる。いつまでも自分が独り身では迷惑をかけるだろうことも、彼は理解をしていた。


 それでも、彼はどうにもその辺にいる貴族子女を娶る気はなかった。そもそも、自分に嫁ぐことなぞ、誰も喜ばない。喜ばなくとも、まあ仕方がないと言ってくれるぐらいの女性にも、とんと心当たりはなかった。


「父上、こちらの話をしてもよろしいですか」


「……ああ」


 ノエルは話題を変えた。それでも公爵がまだ聖女の話を続けるならば仕方がない、とは思っていたが、ありがたいことに公爵はそれ以上のことを彼に言わなかった。


「父上は以前古代語を学んでいらしたと思いましたが」


「ああ、あれは学んでいた、なんてもんじゃない。少しかじって、すぐに辞めてしまってな……恥ずかしい限りだ」


 そう言うと、ユークリッド公爵は苦笑を浮かべた。古代語は難しい。腰を据えての勉学が必要だが、そこまでの時間が彼にはなかったのだと言う。


「とりあえず、なんとなく勉強できそうな道具はそろえたものの、なかなかな」


「その道具は今もありますか?」


「うん? お前が学ぶのか?」


「いえ、知人に貸してあげられたらと思いまして」


「ふむ。お前の知人に古代語を習得したがるような者がいるのか? ああ、勿論良い。返してもらう必要もない。わたしが持っていても宝の持ち腐れだからな」


 そう言うとユークリッド公爵は立ち上がり、書架に向かった。書架の隅に並んでいる書物を3冊。それから、別の書架にある書物を1冊。そして、最後に執務机の脇にあるチェストから1冊。


「持っていきなさい」


「ありがとうございます」


 それらを受け取りノエルは頭を下げる。それから二言三言交わすと、彼は部屋を出て行った。閉まる扉を見つめながら、ユークリッド公爵は「騎士団以外だろうが……そんな知人がいるのかな? 珍しい」と独り言を漏らした。




 ノエルは次の週には辞書と言語の相対表、古代語の単語帳のようなもの等、ユークリッド公爵から受け取ったものをエーリエのところに持って行った。


 エーリエはそれを見るまで「どういうものなんだろう」と想像も出来なかったようだったが、実物をめくれば驚き、大喜びで「これなら少しは勉強出来るかもしれません!」とにこにこと笑った。


 考えれば、11才で保護者を亡くした彼女だが、普通の書物を読めることがまず驚きだ。さらに幼い頃に母親は死んでおり、先代の魔女は文字を読めなかったのだから、独学でそれらを学んだとしか思えない。


「あのう、ちょうど今、焼き菓子を焼いていたところなんです。よかったら、ノエル様も食べていかれませんか? あっ、あっ、お仕事がお忙しいようでしたら、その、無理は言わないです!」


 それ以前に、知らない人間に出されたものを口には……とノエルは思ったが、もう彼女は知らない人間ではないな、と考え直す。


「今日は後は自分の家で書類仕事をするだけなのでな。ありがたくいただこう」


「!」


 ぱあっとエーリエの表情が明るくなる。そうか、彼女は自分の表情を見たことも、人の表情も見たことがないから、そんな無防備に喜びを表現するのか。そう思う反面、自分が焼き菓子を食べるだけで、そんなに彼女は嬉しいのか、とも思う。


「そのう、実は少し作りすぎてしまって……もし、お口に合うならば、いくつか持ち帰っていただくことは出来ませんか?」


 少し恥ずかしそうに言うエーリエ。まさか、人が作った焼き菓子を持ち帰れなど。ユークリッド公爵家のシェフが聞いたら「そんなものをお坊ちゃんに食べさせようと言うのか!」と怒り出すだろうな……とノエルは思う。


「まず、一つ食べてからで良いだろうか」


「あっ、勿論です!」


 エーリエは「厚かましいお願いをして申し訳ありません」と言って頭を下げた。それから、彼女は自分も茶を飲んで良いかとノエルに許可を求めてから、自分の茶器を持って彼の向かいに座った。


 彼女が自分の茶をサーブする姿を見ながら、ノエルは茶を飲んだ。ああ、そうだ。ただ茶を淹れる、それだけの行為でも、彼女が丁寧に暮らしをしていることがなんだかわかる気がする。


 彼女の所作は、特別洗練されているわけではなかったが、ゆっくりと見えつつもそれらを「大切に思う」気持ちが伝わる。考えれば、ノエルはそれまで茶を淹れてくれる人物が、自分自身のために茶を淹れる姿を見たことがない。ユークリッド公爵家の使用人たちも、王城の使用人たちも、そうだ。そして、騎士団で遠征に行った時は、茶を淹れるというよりも「配給用にカップに分配する」と言った方が正しいし、茶を飲むことは少なかった。


 彼女は、たった一人でここで日々を丁寧に重ねているのだろう。湖から魚を獲るのだってそういうことだ。ノエルは、騎士団の宿泊演習で魚を獲ったこともあるが、それには木の枝を刺して焼いただけだった。だが、きっとエーリエはきちんと処理をするのだろうと思う。勿論、それらは勝手な推測だが。


「ああ、いい香りだな」


「ノエル様が飲んでいらっしゃるお茶と同じものですよ?」


「うん」


 わかっている、とまでは言わない。と、エーリエは「焼きあがったわ!」と言って、すぐ様その場を離れてしまう。


 先ほどから漂っていた甘い香り。ノエルはあまり甘いものは好きではなかったが、一口二口ぐらいのものを食べ、脳に染みわたるような感触を味わうのは嫌いではなかった。


 エーリエは焼けたばかりの焼き菓子を皿に移して持ってくる。ノエルはそこまではわからなかったが、生活魔法で少し冷ましてあった。


「これは、焼き立てを食べるのも、時間が経過したものを食べるのも、どちらも美味しいんですよ……あっ、あっ、お口に合うかもわからないのに、わたしったら、美味しい、だなんて……」


 言った直後に慌ててエーリエは赤くなって「ち、違うんです、その」と言い訳をしようとした。ノエルは「問題ない」と言って、その焼き菓子を口にした。


 軽くて、優しい甘さが口の中に広がり、それを茶で流すとすっきりとする。彼は、その菓子を気に入って持ち帰ると告げれば、エーリエはまた嬉しそうに微笑んだ。


 それから、ノエルが茶を飲み干したのを見て、彼女は腰を浮かせてポットから彼のカップに茶を注いだ。その時、カチン、とポットと何かがぶつかった音がした。


(ペンダントか)


 エーリエの首にかかっているペンダント。よく見ると、それは開け閉めが出来るロケットペンダントのようだった。ずっと気にはなっていたが、今なら聞いても良いだろうか……とノエルは曖昧に尋ねる。


「いつもつけているが、魔術的な何かがあるのか? だいぶ大ぶりに見えるが……」


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